最後の楽園 − 風の音 耳を突くのは強い風の音。 「サクラ―――!?」 悲鳴が耳を突く。非難めいたそれを聞いていたくなくて、唇を無理やりに塞ぐ。 きつく結ばれた唇を何度も舌で刺激し…。根気よく施されるその行為に、やがて…唇の強張りが溶けてゆく。軋むほどに噛み締めた歯列を割り、己の舌でルックのそれを絡め捕る。 「…っ、―――んっ…」 逃げ出そうとする舌を追い上げ、感覚が麻痺するほどに弄ぶ。息を吐く間も与えないほどに貪る。 ルックの全てを奪い尽くしたい。 この行為で、それが叶うというのなら―――。 躊躇なんかしない。 けれど―――。 きつく閉じられた目許から、うっすらと涙が滲んでいるのを認め、不本意ではあったがゆっくりと唇を解放した。 「……っ何、考えて…っ!」 乱れた呼吸を必死で整えながら、ルックは自分を組み敷く男の胸許を押す。 ルックの翡翠の瞳に、脅えと―――それに負けないくらいの怒りの焔が灯っている。 酷く屈辱的な行為を強いていると思う。 自分の意志とは関係なく、同じ雄に組み敷かれているというこの状況は。 けれど…。 細い腕を捕らえ、敷布の上に軽々と縫い付ける。 「確かめさせて―――」 「何、を……」 押さえつけてくる腕を懸命に振り解こうとし、ルックは闇雲に暴れた。 「君が、ちゃんとここに居るって」 「―――居るよ!」 君の側に…。 「逃げないで、ちゃんと僕の側に居るって」 + + + 「逃げないで、ちゃんと僕の側に居るって」 力に任せ自分を押さえ込む、この傲慢とも言える行為を仕掛けている者のそれとは思えない程に…。 その声音は淡々として―――。 何の感情も覗かせない故に、サクラのその台詞はルックの胸を突く。 そして、抗う気力を奪う。 脳裏に思い起こされたのは、前回のサクラの訪城時。 ナナミを失ったツバキ。 彼に請われるままに、サクラとの逢瀬を断ち切った。 本当は、寂しい瞳をしたサクラの側を離れたくなかったのに。 けれど―――。 今の自分の天魁星は、その人ではなく……。 そのどちらも、選ぶことが出来なくて…。 傷つけただろうことは示唆されずとも解っていた。 「何故、ツバキに手を貸すの?」 そう尋ねたルックに、 「君が居たからだよ」 サクラは微笑みながら返事をくれたから。 「…相変わらず、馬鹿言ってるね」 その時は、呆れたように言葉を返したけど。 それは、数少ないサクラの本心なんだと信じた自分が居たから。 解かれた帯に、法衣が乱れる。器用に、躊躇うことなく取り去られる衣服に、ルックの面に羞恥の朱がのる。 「―――サ、クラ…」 抗議しようと名を呼ぶと、唇を塞がれた。 口付けだけで高められてゆく熱。 いつの間にか纏うものを剥がされ、晒された素肌にサクラの掌が…唇が落とされて。 他人と触れ合うことになれていない躰には、凶悪なまでの―――その行為。 ともすれば、噛み締めた唇から抑えられない喘ぎ声が零れそうになり、一層きつく唇を噛み締める。 ―――こんなの…どこか間違っている。 解っていながら拒絶出来ない。 自分を求めてくるその腕を、振り払えない。 押さえ込んでいるくせに、縋ってくるから。 強気なくせに、その瞳は怯えているから。 そんな彼を……。どうやって拒んでいいのか解らない。 どうやったら拒めるのか―――解らない。 特別な人だから…? 大切な失えない人だから…? 拒めない―――。 そんな理由を付けて…。 こんな状況を、それでも受け入れようとしている自分が嫌い。 流されるばかりで…。そこには、自分という人間の意思などないように感じるから。 「…泣かないで?」 戸惑うようなサクラの声音。 そう言うくせに、間断なく与えられる快楽。 「―――ルック、泣かないで…」 目許にひとつ、宥めるようなキスが落ちる。 ―――泣いてなんて、ない。 涙が零れてるんだとしたら、それは自分に対する嫌悪からだから。 受け入れることも、拒絶することも出来ないで…。 ―――君にばかり罪の意識を感じさせてしまう、自分に対しての…拭いようのない感情故だ。 だから…、そんな傷ついた顔をしないで? + + + 自分の意志でありながら、抑止が効かない。 とめどなく溢れ出してくるようなこの激情を、制御する術がなく。 その所為で傷付けてばかりいる。 傷付けて尚、側に居ていいと居場所をくれる彼に。 縋って甘えてばかりいる。 いつもは不器用さに隠されている彼の優しさに、弱い自分を許してしまう。 何より大切な、誰より愛しいその人―――。 何からも誰からも、守りたいと思っているのに……。 その彼を、僕が傷付ける。 傷付けてしまう―――。 ―――彼を傷付けるのは…。 僕の行為? それとも……。 僕の存在―――そのもの? ...... END |