おつかい 「サクラさんの迎え、頼まれてくれる?」 「……は?」 又突拍子もない事を…と、現天魁星のツバキに剣呑な視線を送れば、彼はどこか気まずそうな笑顔で 「後生だから!」 と両の手を合わせて拝んでくる。 「…………どうして、今回は僕だけな訳?」 いつも、こっちが面倒だ面倒だと言ってるにも関わらず、ワザワザ大所帯で迎えに行ってるくせに。 「う、うん。今、シュウさんと軍備の事で話し合い中だから城空けられないんだよね。でも、それ終わったら、森の村辺りに交易行きたいから」 サクラさん、まだあそこの村行ったことないって言ってたんだよね。 そう言って笑う少年の笑みは無邪気そのもので、幾度となくその笑みに騙されてはいるものの。結局、彼の星のひとつを担っている現在、それを断ることなど出来なくて、誠に遺憾ながらも引き受けざるを得ない身だ。 「駄目…かな?」 「…………いいけど、」 別に転移すれば一発だから、迎えに行くくらいなら構わないけど。 やはり、何となく胡散臭いと思ってしまうのはどうしてだろう。 「じゃあ、頼んだね!」 思い切りホッとしたようなツバキの態度が、ますます気になる。 被害妄想強過ぎだろうか。 そう思いながらも、風を呼んだ。 風に誘われた先は、グレッグミンスターのマクドール邸前。 「……相変わらず」 華やかな街だ。 人の多さもそうだけど、街並みが流石に一国の首都だけあって洗練されてる。 「人の多さなら、向こうもそうだけど…」 最近膨張しつつある城内の人口を思い出して、軽く米神を押さえた。毎日お祭り騒ぎのようなあの雰囲気が、その城の軍主と姉の性格そのままを模したかのようで、流石に辟易しつつあるこの頃だ。 軽い頭痛を覚えながら、無駄に重い扉に手を掛けた。 「…………カギ?」 何故かなされていた施錠に、この屋敷に来て扉にカギが掛かっていた事などあっただろうか…と首を傾げる。 それ程の回数来た訳ではないのだけれど……それでも初めて、ではないだろうか。 「留守か……な」 念の為屋敷内の気配を探ると、嫌になるほどに知り尽くしたそれは確かに屋敷内にあった。 ―――どうやら、ひとりらしい。 ならば、わざわざ屋敷の扉を叩いて呼び出すなんて、無粋な方法はなしでいいんだろうと、一気にその気配の元へと転移した。 明るい外から跳んだ先はいやに薄暗い部屋で、微かに目を細めて慣れるのを待つ。 「サクラ?」 どうにか慣れた目で、部屋の中をぐるりと見渡せば、 「ル…ック?」 酷く掠れた声で名を呼ばれた。 名を呼ばわった彼の人は、部屋の隅に置かれた寝台上。 「どうかしたの」 どうして、窓を閉めきって寝台に横になってるのか。 「……あぁ、ゴメンね」 掠れ上擦った声に、熱があるようだと気付く。 「…………風邪でもひいたの? おまけに誰も居ないみたいだけど」 幾許かの用心を込めてそう問うと、サクラはごほんとひとつ咳き込んだ。 「うん、グレミオが風邪ひいてたから……それもらったみたいだ」 彼等の行方を尋ねると、喉が痛むのか度々咳き込みながら、養生させる為にクレオ付きで温泉に行かせたと返してくる。 「……あんたは?」 「ルックに逢いに行くつもりだったから。グレミオ達送り出して、さぁ出ようと思ったら、この様だよ」 「…………………」 どこかで、警鐘が―――鳴る。 そう言えば、今朝方トランからの使者がツバキに文を渡してなかっただろうか。 「看病頼もうと思ったんだ…」 「……誰に?」 聞いては、いけないと解っているのに。 「こんな状態時に傍に居て欲しい人なんて、そうは居ないよ?」 くすりと微かに漏れる笑みと掠れた声音が、そう呟く。 そもそも、看病を頼むのだったら、どうしてカギが掛かってた? それ即ち、特定の人物のみを受け入れる為に他ならない所作だ。 マクドール邸に容易く入り込める……特定の、彼が望む人物。 「―――――――――ッ!」 やられた!!! ぎりぎりと歯噛みしたくなるほどの憤りを何とか抑え込み、 「………僕は迎えに来ただけだけど、その様子じゃ無理そうだね、じゃあ、」 迎えにというフレーズに特に力を込めてから、失礼するよと言いかけた途端、実にタイミングよろしくサクラが盛大に咳き込む。 「…………………あんたね」 とんでもない疲労感に襲われる。 置いて去りたいのは、山々だけど。流石にそこまでは、相手が相手なだけに出来ない。そうした後の報復は、想像したくない。 「嵌ったのか…」 それは、もういっそ見事なまでに? 「……っ」 こいつとツバキの稚拙な策に嵌ったのが、今更ながらに癪過ぎる。 嵌ってしまった自分が、情けなさ過ぎる。 それでも、彼がそこまでして望んだのが、他の誰でもなく自分であった事に、どこかでほっとする自分がいて。 ―――そんなの 「 ……冗談じゃない、」 とは思うのに。 だけれど、この状態でそこまでの策を練るサクラに、ちょっとは敬意を示してやってもいいかもしれない。 「……で、何か食べれそう?」 腕を組んで、口調だけはつっけんどんに、取り敢えずそこから訊ねた。 『 ツバキ殿 ”お見舞い”有難う。 でも、今度はその”お見舞い”が風邪をひいてしまったらしいので、帰還までにはもう暫く掛かると思われます。 サクラ 』 「………移すようなことやったんだ」 ツバキはサクラの書簡を握り締めながら、深く肩を落とした。 戻ってきた時の、”お見舞い”の品として送ったルックからの切り裂きは避けられないんだろうな…と。 この手の予感が外れた事は、一度としてないのが自慢だ。 いっそ、外れてくれた方がいいのに……。 どこか遠くを見やりながら、ツバキは小さく溜息を吐いた。 しかし、それが外れるかどうかが解るのは…もう暫く後の事。 ...... END
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