例えば、こんな話 − 事と次第 episode ―――何でこいつなんだ? それは、親友の想い人を初めて見た時に感じた事。 親友は面食いじゃない…筈だから、見目形で選んだんじゃない事だけは確かで。 だけど、想い人を見てしまった後では、 『俺が知らなかっただけで、面食いだったのか?』 とさえ訝しんでしまう程に、そいつは視線を捉えて離せない程の美人だった。勿論、面食い説を信じかけたのは、美人さんの性別の所為もあったけど。 「……俺には、あいつ男にしか見えないんだけど?」 「あぁ、そうだけど?」 それが、何?とでも平然と訊ねてくる様に、俺にしては珍しく口篭もった次第だ。 俺の親友のサクラ・マクドールという男は、実に難解な奴だ。 常ににこにこと笑みを浮かべているのは、本心を悟らせない為、だ。 知り合った頃は既にいなかった母親がいつ他界したのかは知らないが、質実剛健を絵に描いたような父親を持ち、過保護といえなくもない執事に育てられ。人の感情を悟り捕らえる事に掛けては秀でている……ような、子供の目から見ても実に子供らしくない子供だった。 聡明なお坊ちゃんというのが、サクラを見た大人連中の印象らしい。 「騙されてるよなぁ」 いつだったかぽそりと呟いた言葉に、サクラはキョトンとして次いで噴出した。 「騙されてる方が幸せだって事もあるだろ?」 「………」 全くもって、子供の台詞じゃなかった。 そんなサクラが一変したのが、父親と執事の相次いでの死去だ。 何よりも大事にしていた家族を相次いで亡くしたという事実は、受け入れ難いものだっただろう。図太そうには見えていても、その実過ぎるくらいに繊細な奴でもあったから。 静かに、誰にも気付かれる事なく、壊れていった。 彼らの死が雨の日だったこともあって、特に雨には敏感だった。ただぼーっと雨垂れを眺めたり、眼を離すといつの間にかいなくなったり。 その日も―――ほんのちょっと眼を離した隙に、サクラの姿が見えなくなって。 降りしきる雨の中、慌てて探してる最中、見たこともない緑色の傘を差し、雨に濡れて震える仔猫を抱いて帰ってきた時は心底驚いた。 「サクラ、お前…」 口篭もり、掛ける言葉さえ思い浮かばない俺の様子など目にも入らないのか、 「……なぁ、テッド。俺、天使に逢ったんだ」 どこかに感情を置き忘れたかの如き口調が呟く。 「はっ?」 「翡翠の瞳の天使だった。凄く、綺麗だった」 「………で?」 「怒りながら、傘貸してくれた」 そのまま、飛んでっちゃった―――どこか遠くを見やりながら、ぽそりと呟く様に。天使だ何だというのは兎も角、これが切欠になると思った。 「当然、見つけるんだろう?」 「……えっ?」 雨の日のこいつの視界に入り込むっていうのは、至難の業だ。始めて逢って、それを成せたって事は、それだけサクラを惹き付けた……つまりはそういう事だ。 うん、そう解釈しちまおう。 「本気で欲しければ、不様な醜態を晒してでも手に入れるってーの、お前の信条じゃなかったか?」 暫しキョトンとした後、徐々に表情が戻って来る。 「不様な醜態はヤだな」 「気概の問題だろ、その辺は。相手に見えなきゃ、問題なしだし」 そういうの、メッチャ得意じゃん? と、にっかり笑って見せれば、 「そういう言われ方は心外だけど」 その顔に苦笑までもが浮かんだ。 確かに、こいつが本気で何かを欲していた様なんて…それを追い求めていた様なんて、見た事もなかったけど。 そうする事で、この不安定さが少しでも和らげばいいと、そう思ったに過ぎなかった。 そう、実際は。 煽ったはいいが、サクラが本当にそれをやらかすとは露程も思っていなかった、というのが本音だ。 だから、 「手駒は、最大限に活用するよ」 転入先の手配を…と他校の生徒関連の書類を差し出され、規模的にはそれほど大きくもない学校をひとつ丸ごと買収したと告げられ。それが、天使を傍に置く為だけに取られた方法だと知った時。 一応俺なりに、反省なんてものをやってみたりもした訳だ。 学園編入の挨拶、即ち顔合わせ。 その時、俺は漸くサクラの天使のご尊顔を拝する事が出来た。一応、公の場って事で声を出すのは抑えたけど、正直サクラの審美眼に感心した。 ―――なるほどね、性別は兎も角…確かに天使だ。 おまけに、 「綺麗なだけじゃねーのな」。 尤も、サクラがあの日語った天使の挙動を考えれば、そんな事は逢わずとも解っていた事だけど。 初対面でサクラの目をまともに見返せる奴なんて、初めて見た。 「うん、全然変わってない」 心底嬉しそうに言ってくれる。つーか、こっち独り身なんだからな。 「でも、印象最悪っぽかったぞ…お前」 それに、サクラと過去に逢った事は覚えてなかったようだ。まぁ……消沈しきっていた当時と、今の自信満々のこいつの態度じゃ、解らなくて当然だけど。 嫌味っぽく言ってやったのに、それにさえ 「うん」 と柔らかに微笑んで。 「凄く楽しみだ」 とまで言ってのける。 ま、目一杯、らしいけど。 「永久凍土じゃない事祈っててやるよ」 「……それでも、諦めないけどね」 正直、あの天使が気の毒になったって…言っていいものやら。 「それに、テッド、ルックの事気に入っただろ?」 「………まぁな」 サクラとは違った意味で、あの容姿とアンバランスなふてぶてしさは気に入った。 基本、俺の他人との付き合いは、広く浅くだ。知り合いは多いけど、友人は少ない。人間関係に関しては、えらくクールだと思う。 「友人としてなら、いいから」 そう言って、笑う。 「…………お前、それ牽制か?」 「勿論v」 例え、テッドにだって渡す気ないからね―――向けられる黒い笑みは、対外用だった…筈だ。よもや、自分に向けられる日がこようとは。 「いや……要らないから」 気心知れていた筈の親友と男を取り合う気には、きっと、一生、ならねぇ。 ...... END
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