仄かに立ち昇る香りを楽しみながら、手に取った紅茶をひと口。 「秋ですね」 「季節の並びでいえば、そうですね」 レックナートさまの呟きに相槌を打ちながら、又ひと口。 「情緒がないわ」 ほうっと溜息を零しているけど、彼女の前の皿にある食後のデザートと称した焼き菓子は4つ目で。そんな様を晒しながら、どの口で情緒を語るんだろうと思う。 「そういえば、ルック? 今日の3時のおやつにはパンプキンパイが食べたいですね」 「………朝食終わった直後に、おやつの話ですか」 コレのどこに情緒を感じろ、と? 「あら、だって今日はハロウィンですもの」 「………そうですが」 確かに、ハロウィンだ。 だけど……それと秋とお菓子は簡単には直結しない。相変わらずなレックナートさまの短絡的思考もしくは、複雑怪奇的な思考に頭痛を感じる。 それ以前に。 ”パイ生地のストックなかった、よね” 冷凍庫の中身を頭の中に思い浮かべる。春のとあるイベントで使ったっきり、だった事を思い出す。 レックナートさまの希望のパイは、生地を練るのが至極面倒な上、南瓜まで硬い。 折角の休日、昼食後の時間が全て埋まってしまうのを覚悟しながら、寒くなりつつある気温の所為か冷めるのが早い紅茶を一気に飲み干した。 軽く済ませた昼食後からの時間、パイ生地と南瓜に四苦八苦し、後は焼くばかりの段階になったパイをオーブンに突っ込んだ。 「ルックが菓子職人になってくれれば、毎日至福な日々が過ごせますね。あぁ、でもシェフも捨てがたいわ」 とは、レックナートさまの弁だ。 「いや、家政夫だろ」 今の自分の状況を鑑みるに。 だけど、そうする事を選んだのは他ならない自分だ。家政婦を雇うというレックナートさまに、他人との接触を拒んだ僕が、要らないと宣言したんだから。 それを受け入れてくださったレックナートさまが、家事全般壊滅的に駄目だと知ってれば……もうちょっと状況は変わっていたかも知れないけど。 溜息を吐いて、焼きあがるまでの時間、散らかしたキッチンを片そうと腰を伸ばす。 と、作業台上に残るストック用に多めに作っておいたパイ生地が目に入った。次のレックナートさまの急なリクエストに副えるように、と作ったそれは。本来なら、ラップに包んで冷凍庫行きの予定だったのだが。 「………」 作業台隅に置いてあったトレイの中を見、肩を竦めて再び手を動かし始めた。 例えば、こんな話 − ハロウィン談 天高く 馬肥える 秋。 この時期の生徒部会は、昨年も思ったけど微妙に忙しい。 微妙っていうのは、生徒部会員達の仕事の仕方が実に様々である所為だと思う。 一月後には創立祭という大きな行事が控えているっていうのに……それでも変わらない彼等の仕事態度っていうのは……僕からすれば、溜息を零さずにいられないものだ。 だけど、それでもちゃんとやれちゃうんだろう事が、彼等の能力の高さを物語ってる気がする。 「だからって、創立祭には一般生徒も多大に関わるんだけどね」 椅子に深く腰掛けたところ、で。 「Trick Or Treat?」 実に場に相応しくない台詞が掛けられた。 「……ハロウィンは昨日だろ」 振り返った視線の先には。 「行事が休日で流れた場合は、順延が順当だよ」 言わずと知れた、学園の学生部会長。 すらりとした立ち姿は、人目を引くには充分過ぎる。だけど、生憎とそんな外見、僕には通用しない。 「そういう場合、潔く中止すべきだね。幸いにも、前準備の手間はほとんど掛かってないし」 「楽しみにしてた気持ちっていうのは?」 「来年を思えば?」 二年分、蓄積されてお得だろ? といっそ冷たく言い放つ。 目を細めてじっとり睨み付けるように見上げると、悪戯っ子染みた色合いを浮かべていた黒曜石の瞳が、緩やかに和んだ。 「ルックは手強いね」 昨年も、ちゃんと用意してきてたし、との言に。去年のハロウィン当日、レックナートさまが家を出際に、押し付けてきた大量の飴の重さを思い出して眉間に皺が寄った。 だけど、お祭り好きの学園生等相手に、その飴で助かったのも確かだ。 「誰相手にしたって、見くびると痛い目見るよ」 「肝に銘じておきます。でも、家に押し掛けなかっただけでも、褒めて欲しいかな?」 「………?」 「結構、悩んだ」 「暇だったの?」 「ううん? ルックに悪戯したくて?」 くすくすと笑う。 冗談なのか、本気なのか、解り辛いけど。こいつの場合、全くの冗談って訳でもない気がするから、怖い。 大仰に溜息を吐いて、机の上に置いてあるカバンの中を探る。 「? 何?」 「今回に限り、順延」 取り出したモノを目の前の男に突き出すと、条件反射でそれを受け取った。 「そういう時じゃないと、押し掛ける口実を作れない上、その口実さえ利用出来ない哀れな男に」 これで、悪戯はなしだよね―――と、言うと。目の前の端正な面が、モノの見事に固まった。 悪戯が成功したような高揚した心持ちに、頬が弛む。 ―――が、 「る…ルック?!」 今までにない男の声の上擦り具合に、ぎょっとする。 「な、何さ」 「そ、その………行ってもいいの?」 恐る恐る訊ねてくる。いつもは自信満々なくせに。常日頃とのあまりにギャップに、驚くより呆れた。 「過大解釈のし過ぎじゃない?」 「だけど、僕がそう思うって、前提故の台詞だよね」 二の句が告げない。 確かに、こいつがそう解釈してしまうのも仕方ない言い方だったし。 だけどね、わざわざそれを僕に訊ねるな! それこそ、解釈しろ! 「〜〜〜っ! それと、それ! 僕が作ったんだから、残したら極刑だよ。因みに、一般砂糖使用量の3割増し」 そう、指を突き付けて睨むと、苦味を浮かべるだろうと思われたヤツの顔は。思ってもみなかったことに、蕩けるように、甘く綻んだ。 「ーーーッ、」 何故か、熱くなる顔。頬とか首とか、耳とか、見なくても真っ赤になっているのが、解って。 うわっ…と、視線をそらせて首筋を両のてのひらで覆う。てのひらがじんわりと火照りを吸収するかの如く、温まって。 「ルック?」 どうかした? と、いつもと変わらない声音で問われ、悔しいのと自分の変化が何故だか解らなくて。 目一杯の渋面を浮かべて目の前の男を睨み上げた。 そして、再びぎょっとする。 僕のそれが伝染したかの如く、目の前の男が真っ赤になった顔の口許を手で覆っているという、シチュエーションにだ。 「な、に!」 あぁ、声が上擦る。けど、何だってふたりして顔見合わせて赤くなってないといけないのか。 「いや……何か、ね」 何が言いたいのかごもごもと口ごもり、おまけにそわそわと視線を彷徨わせるの目にするに至り。 もう、聞くだけ羞恥が上塗りしそうな予感に、はらはらと色づく葉を落とす桜の木に意味もなく視線を向けた。 Trick Or Treat? 取り敢えず、順延一日分差し引いた364日の悪戯は回避されたと思っても……いいのかな? ...... END
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