例えば、こんな話 − 風の余波 桜も終わり、若葉を茂らせ始める頃。 切れ者と噂の高いサクラ・マクドールは生徒部会室の窓際で、ひそりと溜息を零していた。 「……これは、明らかな誤算だよね」 先日の入学式、サクラはその地位を最大限に利用し、防虫作戦を敢行した。 そうそう彼の想い人が他人に靡くなどといったことはないだろうと思ってはいたが。それでも、可能性はゼロではないのだからと、サクラは計画を企てたのだ。 作戦の結果はといえば、あの場にいた皆の度肝を抜くもので。 流石に面と向かって何かを言ってくるような兵はいなかったものの、それでも痛いほどの好奇の目が向けられていたのを知っている。 それまでは、サクラの計画・予想通りだった。 ルックの機嫌を損ねて、口を聞いてもらう際に嫌味が付属してくるのも、予想の範囲内といえた。 そう、それら全て、暫くの間のことだと思っていた。学園での目まぐるしい日々に忙殺されてゆくだろう、と。 想定範囲外な事柄が起こり得るなどと、計画遂行時のサクラは万にひとつも考えていなかった。 ―――が。 その目論見は見事に外れた。 「確かに虫じゃないかもしれないけど、今の現状の方が余程鬱陶しい」 と、日ごろから周囲に関しては無関心を決め込むルックがそう苦情を漏らすほどに。 視線が纏いついて離れないのだ、ルックに。 そんな現状は、ルックの機嫌を更に深め長引かせて。ついでにいうと、サクラの機嫌をもこれ以上ないというほどに下降させていた。 どこで計算間違ったんだろうと、再び溜息を零した。 カシャカシャと、軽快なタイピングの音だけが響く室内で、 「いい加減鬱陶しいから、人の前で黄昏るな」 心底嫌そうな声が上がった。 「そうは言われてもね」 サクラが視線を向けた先には、パソコンの前で文書を打ち込んでいるらしい幼馴染みの姿。それを見、サクラは黒曜の瞳を丸く瞠る。 「珍しい……今、何か仕事取っかかってたか?」 「いーや。これ、今週末提出のレポート」 「………って、今日じゃないか」 サクラが記憶するに、今日は金曜だ。 「そ。だから、鬱陶しいの止めてくれ」 構いたくなるだろと言うテッドは、優しいのかそうではないのか。 「そもそも、あれは、お前の墓穴だろーが」 「どうして!」 聞き捨てならない台詞に、いつになく語気を荒げたサクラに、それでもテッドの視線がモニターから外れることはなく。 「お前常々言ってるじゃないか」 視線だけで先を促すが、サクラを見ないテッドにそれが伝わったのかどうかは疑問だ。 「ルックの表情の中で、怒った顔が一番綺麗だって」 「……あっ」 改めて言われて、サクラは刹那固まる。 入学式時、ルックは激昂していた。羞恥の為に上気した頬と、どこまでも強い翡翠を怒りの為に煌かせて。サクラでさえ、その表情に魅せられて後を追うのが遅れたのだ。 サクラであってもそうなのだから、初めて見た者の衝撃は想像に難くない。 「その一番綺麗な顔、皆に見せ付けといて、今更見るなっていうのは無理な注文だろ」 ルックは、それでなくても人目を惹きつけるんだから、と心底呆れた風に言われる。 「………仕方ないじゃないか」 僅か視線を落とし、耳もとを朱に染めて、サクラはぽそり呟いた。 「僕だって、ルックのことしか見えてやしないんだから」 余裕のない選択の結果が、今回の憂いの元だ。 誰にも見せたくないのに、視線を集める状況を作ってしまったのは、サクラの失態故だ。 「そういうお前、久方ぶりだよな〜」 心底楽しそうにのたまう悪友に、苦虫を潰したような顔を見せるのも、久しぶりだ。尤も、テッドの視線は未だにモニターに向けられたままだったけれど。 「……楽しんでるだろ」 恨みがましさを込めて言うサクラに、テッドは 「当然v」 ときっぱり言い切った。 「大体さ、お前無理し過ぎ。余裕全然ないじゃん」 「そう見える?」 「いんや、全然。だけど、俺さま誤魔化せるなんて思っちゃいねーだろ?」 サクラにとってテッドは、物心つく前からの幼馴染みだ。ずっと、傍にいてくれた親友だ。対外用のうわっぺらが見抜かれぬ相手ではないと、言われるまでもなく解っていた。 「いいとこだけ見せたって、受け入れられる筈ないだろ? 他の奴ならいざ知らず、相手はあのルックだぞ」 だから惚れたんだろうが―――と言われ、サクラには頷くことしか出来ない。否と返されることがないと解っているのか、視線さえ向けずにテッドは言を繋ぐ。 「それに、出会いが出会いなだけに、本当のお前の弱さもルックは知ってる」 「……情けないって呆れられないかな」 「既に、別のことで呆れられてる可能性大だろ?」 至極真面目に返答されて、相変わらずモニターに釘付けのテッドに恨めしそうな視線を投げた。 「ま、今だけ傍に居て欲しいってんなら、今のままで充分だと思うけど?」 「今だけでいいんだったら、あんた手間掛かることしてないよ」 図書館に寄って来ると言っていたルックは、当然のごとく生徒部会室には居ない。 キーボードの上を滑るように動いていたテッドの手が止まると同時に、プリンターの快活な音が響き出した。 「だったら、晒せよ。お前の全部」 欲しいんだったら、な―――そうして、やっとテッドの視線がサクラに向けられる。 「…………うん」 「情けない顔すんな。自信持てって、お前の惚れた相手だろ?」 にっかりと笑うテッドに、サクラはつられるように笑みを零す。 と。 「…………何、男ふたりで見つめあってんの。気色悪い」 いつの間にやら、腕に数冊の本を抱えたルックが怪訝な顔をして立っていて。 「あぁ、ルック。お疲れ様」 咄嗟に微笑みに変わるサクラの様に、”何時になることやら”と胸中ぼやきながら、それでもテッドは苦笑をもらしたのだった。 ...... END
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