視界を埋めるのは、仄かに桃色を溶かしたような白―――いわゆる、春色。
「…………こんなに」
 感嘆の声を漏らしてしまうほどに、それは壮観で。
 泣きたくなるほどに綺麗、だった。





例えば、こんな話 − 風とあそぶ、さくら




「あぁ、そういえば初めてだったよね」
 この学園で春を迎えるのは、との生徒部会長の言葉にこくんと小さく頷く。
 並べた肩が、ぴくりと僅かな反応を見せたけど、目の前の情景にそんなことどうでもよくなる。
「ーーー凄い」
 視界一面を満たすのは、今を盛りに咲き誇る桜の木々。
 編入した時からやたら桜の木が多い学園だ、と思ってはいたけど。訊くに、敷地内の9割が桜の木らしい。
 花が咲き綻び始めて、その柔らかな花弁が徐々に目に付き始めて、満開の今を迎えて。よりいっそ、その凄さを思い知った。
「……さくら、」
「ーーーッ!」
 小さな呟きに、隣りの男が面白いほどに飛び上がった。
「そう言えば、あんたと同じ名だね」 呟きと共に男を振り仰げば、常にはないほどに黒曜の瞳が 見開かれていて。こちらの方が驚いた。
「なに?」
「ぇっ……いや、な…なんでも、ないッ!」
 何でもないって感じじゃ、全くないんだけど。
 忙しなくあちこちを彷徨う瞳に、熟れたトマトのように真っ赤な顔。
 落ち着きのない挙動も、明らかに不審者極まりない。
 いつにない慌てふためいた態度に、思い切り突っ込んでみたくもなったけど、後が厄介そうだから引いとく。
 こいつ相手に深追いは、リスクが高過ぎる。
 それより、今は―――。
 未だに赤い顔をしている男から、視線を周囲に流す。
 春の日差しを浴びて、仄かに発光しているかのようにすら見える桜の木々を目にし、自然と頬が緩む。
 一面の桜。
 視界いっぱいの春の色。
 頬を撫で髪を揺らす風が、さらさらと花弁を誘い遊ぶ様が。
「……きれい」
 こちらの溜息さえ、誘う。
「気に入ってもらえて、嬉しいよ」
 隣りから、至極柔らかな声音が落ちてきた。
 もう復活したのか、と思いながら。
「この学園に入って、初めて良かったって思うよ」
 珍しく素直に思いを告げた際のサクラ・マクドールの表情は、何ともいえないような代物だった。








...... END
2007.03.31

 春編です。
 春編、突発! 桜の時期なので、唐突に書きたくなった。
 坊さまの動揺は、誤解によるものです。名前、呼ばれたと思ったんですよね。
 ………ごめんね、坊さま。

BACK