学生にはやるべき事、やんなきゃならない事が沢山ある。 恋しかり、勉学しかり、部活しかり、交友を深め広める―――しかり、だ。 だから、やれる時にやれる事やんなきゃーなv そう言ってにかりと笑ったのは、既に同じ生徒部会役員として見慣れた顔。 「役員なんて所詮は雑用係りだろ?」 それ即ち、後回し―――と、さも当然といった態でひらひらと後ろ手を振っていたのも、同じ奴だ。 やらなきゃらならない事云々の件はさておいて、雑用係という喩えに異論などある訳ない、が。 「どう見ても、こっちが先だろ」 なんたって、生徒部会主催の星祭りは10日後なんだから。 例えば、こんな話 − 雨をはらう風 初夏を思わせる日差しは、気まぐれで。 暑かったり肌寒かったり…を繰り返す日々。 そうして、僅か湿り気を帯びた風が吹き始めた頃、梅雨に入った。 ……ぽつり ぽつ ぽつ―――と。 視界の隅を何かが過ぎる気配に視線を向ければ、雨粒が窓ガラスで弾け流れる線を引いていた。 「……降ってきた」 朝から怪しかった空模様。勿論、時期も時期なだけに傘は持ってきていたが。 「どうせなら、帰宅するまでもってくれればよかったのに」 後は、打ち込んだ文書をプリントアウトすれば、星祭りに関する僕の生徒部会役員の仕事は終了だったのに、と。 言っても仕方ない事ながら、つい愚痴って眉間に皺を寄せる。 雨も雨上がりの後の風も嫌いではなかったけれど。それも、時と場合によりけり、だ。制服を濡らすのは後の手入れが手間取る分、出来れば控えたかった。 「……それこそ、愚痴るだけ無駄だけど」 何しろ、相手は天気だ。 溜息混じりにエンターキーを叩いて、最後の仕上げとばかりにプリントアウトに掛かる。最初の一枚のレイアウトを確認して、戻した。 静かな室内に唯一響く音。 ふっと、窓に視線を向けると、僅かに雨脚が強さを増したのが知れる。 雨音でさえ、防音のしっかりした室内故に入り込めない。 吐き出される用紙を視界に隅に収めたまま、軽く溜息を吐く。 何故か、ルック以外の役員はいない。否、居る方が珍しい…のだ。切れ者集団と名高い生徒部会員達は、行事の数日前からしか顔を出さない。呆れるほど切羽詰った状況で自分たちの役割をこなし、行事を終え後始末を付けると、役員である事など忘却したかのごとく、部会室にさえ立ち寄らなくなる。その時に見せる集中力といい、切羽詰った状況での手際の良さといい、切れ者集団とはよく言ったものだと感心する。普段教室やらで見掛ける様とは違い過ぎて、最初は呆気に取られたけど。 「効率的だろ?」 と言ったのは、テッドだったか。 確かに効率的だとは思うけど、切羽詰った状況というのは性格的に嫌なので、ルック自身は出来る仕事は先延ばしせずさっさと片付けるスタイルを貫いていた。 「……そういえば」 ここに来る前に職員室へ呼ばれたあの男・生徒部会長も、自分と同じスタイルだった気がする。尤もあの男の場合は、性格云々の所為ではなく、そうしなければならない環境で育った故だろうけど。 「……………雨、降ってるのに」 あの男は大事な人々を雨の日に失うといった経緯の所為で、こんな雨の日には不安定極まりなかった。 その理由を教えてくれたのは、あの男の幼馴染みのテッドだった。 そして、以前はテッドがしていたらしいお守りに、いつの間にやら僕まで組み込まれた。 「俺がするよかルックがやった方が、あいつ落ち着くし」 「……何、それ」 「きっと、ルックが居るって事だけであいつは大丈夫」 「………」 だから、それになんて返せって言うんだ? 簡単に諾なんて返せないの解ってて、あいつはそういう言い方をする。 だけど……関係ないって、きっぱり切り捨てられないのも確かで。 そんな自分が、一番不可思議で。 「…はぁ〜」 零れるのは、最早溜息ばかりだ。 と、何の前触れもなく唐突に生徒部会室の扉が開き。 「あぁ、ルック居たんだ? ご苦労様」 「ッ!」 いきなりにゅっと現れたそれに、鼓動が一瞬大きく振れる。 「ルック?」 「…い、いきなり現れないでよ」 相手の事を考えていたというタイミングの悪さの所為かまだバクバクしている胸を押さえて、その男・サクラを睨み付けた。 「あぁ、ごめん」 笑いながら謝られて、どうやってその言葉の本心が知れるっていうのか。 でも―――窓の外はカーテンを模したかのような雨、なのに。 確かに、サクラは微笑っていて。 それだけは、紛れもない事実だから。 「で、天体望遠鏡、借りられそう?」 「うん、総数20台。何とかね」 星祭りなんて名前だけれど、その実この祭りはテストの打ち上げも兼ねているような気がしてならない。 星に関わるのが天体望遠鏡を覗いて星の観測、だけだからだ。 その後は、校庭で火を焚いてのフォークダンスがあるらしい。星より目立つ火なんて燃して、星祭りなんて名称はどうかと思う。 それより……はっきり言って、出席しなくてもいい気がする。が、お祭り騒ぎが好きな都蘭学園の生徒たちには出席しないなんて選択肢は最初からないだろう。 「それは兎も角、他の準備どうなってるの」 花火も打ち上げるとか、前回の役員会の時ツバキ等が楽しそうに言ってた。 「彼らは、テスト後に動くんだと思うよ」 確かに、明後日から期末テストだけど。 「……間に合うの?」 「間に合わせるよ、彼らがね」 自信満々に言い切る様に、目を細めて見やる。 「あんたがあいつらを信じてるのは構わないけど」 確かに、今までの準備段階もこんな感じだった。その度にヒヤヒヤさせられ、間に合った事にほっとし、もう無駄な心配なんかするもんかと思うのに。 そう思っても、胃が痛くなるのは確かで。無駄にひとりで焦ってる気がする。こんなの、僕のキャラじゃなかった筈…だ。 「大丈夫だよ」 「だけど、」 「彼等なら、大丈夫」 そのサクラのたったひと言で、安心する。 「それより、僕らにはもっと大事な仕事が残ってるよ」 「……えっ?」 「てるてる坊主、作らないと?」 そういえば、前回の役員会でもそんな事言っていたなと記憶を探る。 この星祭りは、生徒部会で一番成功が難しいとされる行事だ。 理由は至極簡単で、雨が降れば順延ではなく中止だから。それまでの全ての準備が、無に帰す。 因みに、10年前から去年までの統計では五分五分。数字的には微妙な値だけど。 まずは敵が天候だという時点で、かなりの不利。 てるてる坊主という、運を天に任す神頼みの類しかないのが実情。 「雨、降らなきゃいいね」 ぽそりと、呟く―――と。 「うん」 と微笑んだままに、頷く。 「今年がルックとフォークダンス踊れる最後のチャンスだからね」 「……誰が、踊るか」 言うに事欠いて、何を抜かすかこの男は。 怒るを通り越して呆れてしまう。 だけれど、それに返されたのは、にっこりとした満面の笑み。 「……何、さ」 「別に?」 何でもないよ、とは言っているけど。絶対に何か含んでる表情だと…思う。そう確信してしまうくらいに胡散臭さ満開の笑み、だ。 雨の降る確立は五分五分。僕が踊る確立は、皆無。だから、実際にはこの男がどんな画策しようとしても、僕が踊るなんて有り得ない。 「……………ふん」 そう、皆無の筈…だから問題なしだ。 いつの間にかプリントアウトし終わっていた書類を手に取る。誤字脱字をチェックしたら、学園側に提出、で終わる。人前に出る事を厭う僕に、あまり目立った仕事を回してこないのはありがたい。 仕事の選り好みをするなのひと言くらい言われると思っていたから、上機嫌で望み通りの仕事を回してくれるのがちょっと不思議だったけど。 一度テッドにそう零したら、 「それこそあいつの思う壺だからな」 と訳の解らない事を言っていた。尤も、言葉の端々に何かを含んでる物言いなんてしょっちゅうなので、裏を探るのも最近諦め気味だ。解ったとしても、いい事ない気がするし…。 チェックも提出も、明日に回す事にして、 「で、てるてる坊主ってどうやって作るの」 そうサクラに問えば。 「……一緒に作ろうか」 一瞬の絶句の後、緩やかに表情を和ませた。 何、その一瞬の間は。もしかして、……てるてる坊主っていうのは、実はポピュラーだったりしたの? 真四角の木綿の真ん中に綿を置いて、包み込んで絞った元をぐるぐる結わえる。 顔を描いて、ぶら下げる紐を付けたら出来上がり。 「あっ、出来た」 教わったとおりに仕上げたそれは、顔になった中の綿がごわごわしてるのを除けば、ちゃんとしたてるてる坊主。 何だ、結構簡単。 同じように作り終わっていたサクラは、 「じゃあ、飾ろうか」 とひとつを窓際に。僕の作ったもうひとつを部会長室の窓際に結び付けた。 「これで、当日は晴れるね」 「……だと、いいね」 別に星祭りを楽しみにしている訳じゃない。だけどそう願うのは、ただ…今までの労力が無に帰すのが気に食わないから。 窓際でぽつりと、揺れるてるてる坊主を見ている内に、ふっと気付く。 「まだ、材料ある?」 「えっ? あるけど」 手渡された材料を、小さく断裁する。不思議そうに手許を覗き込んでくるのに、 「見ないでよ」 と牽制すれば僅かな苦笑が零された。 小ささに辟易しながら、形を整え、最後の仕上げに鋏をチョキンと入れる。 出来た…と、内心呟いて、ソファーでさっき僕がプリントアウトしていた文書に目を通していたサクラに、 「―――ほら」 と手を向ける。 「手、出して」 小さく小首を傾げて、それでもサクラはてのひらをこちらに差し出してきた。背とか、そんなに変わらない筈なのに、てのひらは僕のより随分大きくてムッとする。つまんない嫉妬だとは…解ってるんだけど。 自然零れそうになった溜息を飲み込んで、 「これ…あんたにあげる」 そのてのひらに、そっと乗せる。 「これ―――」 「てるてる坊主」 窓辺にぶら下げてあるのよりかなり小さな、てのひらに収まってしまうくらいのてるてる坊主だ。 「……って、何固まってるのさ」 「えっ………だって、ビックリしたから」 そう言う顔がきょとんとした、らしくない表情を浮かべていて。可笑しさより、どういう反応だと詰め寄りたくなる。 「そんなに驚くような事?」 たかだか、不恰好なてるてる坊主じゃないか。 それに。 「そろそろお守は解放されたい、からだよ」 晴れていれば、こいつの不安定さに付き合わなくて済むじゃないか。そう、このてるてる坊主にその他の意味なんて、ない。 だけれど、目の前の顔に浮かんでるのは至極柔らかな蕩けるような笑みで。 「うん、でも―――ありがとう」 至極嬉しそうに微笑んでいる様に、何故かこちらの方が恥ずかしくなってくる。 「大事にするから」 そう言って、包み込むように両の手でてるてる坊主を覆う。 「ッ、」 そんななんでもない所作に、頬が熱を持つ。咄嗟に顔を背けると、 「どうかした?」 と訝しげに問われ。「何でもない」 って返すので一杯一杯だ。 っていうか……何だって、こんなどぎまぎしてるんだ??? くつりと笑みが落ちる気配に、そろりとサクラを窺い見れば。至極穏やかな笑みを湛えた黒曜石が、向けられていて。 「……何、さ」 そんな態度が酷く癪で、腹立ち紛れに睨みつけてやった。 「うん、幸せだな〜って」 「―――ッ、あ、そう!」 返された答えにいっそ熱が上がった気がして、再びふいっと顔を背けた。 「ありがとう、ルック」 「一度言えば解る。もう、僕は帰るからね」 「あっ、一緒に帰ろう」 「好きにすれば、」 こいつ相手に断りを入れたって聞き入れられた例がないのだから、と不本意ながらも諾と返し、顔を背けたまま帰り支度を始めた。 ―――だから、僕は。 ただの不恰好ともいえるてるてる坊主に、厳かとも取れる恭しさでサクラがそっと唇を押し当てたのなんて……知らない。 ...... END
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