例えば、こんな話 − 風 想ひて ―――都蘭学園一の切れ者と噂も高い、現学生部会長サクラ・マクドールは深い深い溜息を零した。憂いを帯びたそれは、見る者が見れば一枚の絵画として賞賛出来得る程に目に麗しい。 だけれど。 「ヤバイと思うんだよね」 僅かな焦りを含んだ台詞は、全く持って憂いとは縁遠く。 「……何が?」 おまけに、イヤというほどに見慣れていれば、訊き方もついぞんざいになる。 「うん、夏服。露出多すぎない?」 「……………どこが、」 間違いのないように言っておくが、夏服は前開きの肌に優しい木綿の半袖。袖口に刺繍された校章さえなければ、他所の学校でも着られているのとそれ程には変わりない。 「これまできっちり着込んでる姿しか見てなかったから……目に毒っていうか」 「……あー、そっちね」 口許に手をやり、ぼそぼそと言いよどむ様に、サクラが誰の事を言っているのか悟った。 まぁ、確かに…とテッドも思うのだ。 サクラの話の中の彼は、弱みなど他人に一切見せない。普段ならば、だ。その彼が、暑い時期は使い物にならないよと自らはっきり豪語するだけあって、梅雨を過ぎた辺りから常の手際の良さが目に見えて衰えた。 おまけに、暑さは体調にまで支障をきたすらしく始終ダルそうにしている。薄ぼんやりしたり、気だるそうに髪をかき上げたり、強い瞳がやんわりと和らいでいたりと。 要するに、 「最近のあいつ、隙だらけ」 ―――なのだ。 「ついでに、色気振りまくってるし」 動きが緩慢になっている所為もあるのだろうが、胸元から垣間見える鎖骨やら袖から伸びた白いたおやかな腕やら、何気ない仕草のひとつひとつでさえも、目に毒だと感じる程艶かしく映る。 俺の台詞にぴくりと反応したサクラは、 「テッド?」 それはそれは冷たい視線を向けてくれる。 「全校生徒の代弁者だと思え」 お前だってそう思ってるんだろ、と問えばむっつりと黙り込んだ。 こいつの場合、想い人であるってだけでも元々少なからずそういう欲求があるんだろうに。ここ最近のあいつの婀娜っぽさがそれに加われば、目に毒なんて生易しい単語じゃ済まないんじゃないか? 「………いっそ、長袖にしちゃおうかなぁ」 「おい!」 サクラらしい台詞とはいえ、その内容は流石に承諾しかねる。俺だって暑くない訳じゃないんだから。 「―――は、駄目だよな」 どうやら言った本人もそれ程本気ではなかったようで、簡単に引き下がった。 「本人に自覚持ってもらった方が早いだろ」 そう。一番の問題は、恐らくルック本人が自分の無防備さに気付いてないことだと思われる。知っていて、そういう自分を許すあいつじゃない。 「そうなんだけどね……あんまり、無理させたくないかなぁって」 それでなくても夏弱いんだし、とほとほと弱り果てたようにぼやく。 「前の学校のが良かったなんて思って欲しくないし」 「………あぁ、そういう事ね」 それって、かなり子供っぽい嫉妬じゃないか? っていうか。 「ルックは、都蘭がブレザーで間服があるってことは喜んでたな」 前の学校はガクランだったらしく、衣替えの前一月くらいは暑さに辟易していたと珍しく語っていた。 「本当!」 「あ、あぁ」 勢い良く立ち上がったサクラの顔が嬉しそうに輝いている。 「…って、制服喜ばれただけだぞ?」 それがそんなに嬉しいのか? 訝しんで問えば、うんと子供のように元気に頷いた。俺が幼稚園の先生だったら、良い返事ですねって頭くらい撫でてやったろうけど。 「だって、ルックが着てくれること前提でこの制服デザインしてもらったんだ」 「―――はぃ?」 おいおいおい? 何だ、それは。 「僕たちが入園する前の年に、制服変えただろ?」 そうそう、確かデザイン料だけで何百万する何たらいうデザイナーだったよな。当時、その件にこいつが掛かりきりだったのを思い出して顔を顰めた。 「……都蘭に入るかどうかも解ってなかったルックの為?」 そん時、あいつの居場所さえ知らなかったっていうのに……か。 「絶対に、入ってもらうつもりだったから」 で、一緒に学校通って、お昼とか一緒に食べたかったんだというサクラはそれはそれは見事な笑顔だ。 あぁ、長年の夢が叶って良かったな…っていうか、この制服着せる為に、こいつがルックの学校に転入するって選択肢はなかった訳、ね。 っていうかな? 制服のデザインを気に入ったとかいう話じゃねーんだけど。ま、水差すのは止めとくべきか。 「……お前がする事に、今更驚いたりしねーけど」 正直言うなら、呆れ度合いが増しただけだ。それにしたって、過去の遍歴からすると微々たるもんだけど。 「それよか、今の問題は外よか中身の方、だろ」 水を差すようで何だったけど、軌道修正掛けてやる。サクラのルック馬鹿度ゲージなんて、とっくの昔に振り切ってるのは知ってるし。 「うーん、やっぱり始終張り付いてガードするしかない…よね」 「……」 そこで、何だって俺の顔窺ってくる。 「フォロー、してくれるんだろ?」 生徒部会の雑事やら、僕がガードし切れない時、とか? 確信した顔付きで問われて、否と言えない。 こいつが甘えるのも、素顔晒すのも、想い人以外では俺しかいないって知っているから。 何っつーか、だ。 「ま、昼飯一ヶ月で手を打つ」 突き出した拳骨に同じように付き返された拳骨が、俺たちなりの契約成立。 ...... END
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