『花火、見に行こう?』 それは、決死の覚悟での誘い。 あちらこちらに多大な誤解があるようだけど、僕はそれほど傍若無人じゃない……つもり、だ。 例えば、こんな話 − 夏の花 地元の夏祭りは3日間。 その最終日を飾るのが、河川敷での花火だ。 会場へと向かう雑踏に身を置きながら、流れに任せて歩を進める。 そう、周囲は溢れ還る人、人、人―――人の海。その一端を担うひとりでありながら、鬱陶しいと思うのは止められない。 鬱々とした心情故に溜息を零す、と。 「そこ、辛気臭い」 イカ焼きを頬張りながら言い放ってくれる同行者に、むう〜っと眉間に皺を寄せる。 「……どうして、テッドかなぁ」 そう、サクラの予定では自分の隣には、想い人が居た…筈だった。だけれど、予定はあくまで予定であって。実際に肩を並べているのはテッドという状況。 「………誘ってきた本人が、そう言うか」 眉間に皺寄せて言われるのも、当然だとは思いはすれど。次いで、何だってあいつ誘わないよ、と訊ねられ。肩を思い切り落した。 「誘ったけど、行けないって言われた」 そもそも。 「人込み嫌いなんだよ、ルック」 「あー? でも、クリスマスん時は」 「……あれはあれで、特別」 そう、餌で釣った。恐らくというか、確信を持って言えるが、あの時誘ったのがルックの好きな冒険家の写真展でなかったら、ああも簡単にふたつ返事はもらえなかっただろう。そう容易く想像がつくほどに、彼の手強さは並ではない。 「それに、今日は保護者への付き添いもあるからって」 断られてがっかりしたが、ルックの家庭事情が複雑だということも知っていた、から。保護者の名を出されると、無理強いなんて出来なくて。 何度目かも思い出せない溜息が零れる。 「ずっと…会ってない」 「ずっとって、まだ10日くらいだろ」 そう、夏休みに入って丁度10日目だ。 呆れたように言うテッドに、 「10日も、だよ」 訂正を入れると肩を竦められた。 「………つーか、さぁ」 何かを言い掛けた口が、ふっとその動きを止める。ぽかんと開いたままの口が、テッドにしては珍しく。 どうかしたのかとばかりにテッドの視線の先を追う、と。 「ーッ、」 視界に入るのは、勝手な予定なれど隣を歩いていた筈の華奢な後姿。 「あそこで不機嫌そうなオーラ噴出してるのって…ルックだよな?」 驚き目を瞠る僕に、確認するように訊ねてくるテッドの声は唸り声にも似ていた。 『花火、見に行こう?』 そう誘ったのは、3日前の夕刻。 返されたのは、 「……行かない」 無情なまでのひと言。 ―――なのに。 「ルック、」 後ろから声を掛けると、怪訝そうに振り向いた翡翠が大きく瞠られた。 「来たんだ?」 にこり笑顔満面で訊ねれば、二三度閉じては開くを繰り返した唇からは、 「仕方…ない、だろ、こいつらが押し掛けて来たんだ」 自分が望んだのではないと返された。 だけど。 「……そう」 ふ〜んと微笑を浮かべる。と、視線が彷徨う。 不機嫌そうな表情や面倒臭さを隠しもしない態度で、この状況が彼の本意ではないことくらいは解っている。けれど、噴き出しそうになる嫉妬心を抑えるのでいっぱいいっぱいで、居心地悪そうなルックを気遣ってあげることも出来ない。 それどころか、笑顔を解くと憤りやら情けなさやらで表情が強張りそうで、それすら出来ない。 本当に彼のことになると、僕には余裕がない。 それでも、諦めるなんて選択肢自体持たないんだから、そんな情けなさも受け入れるしかない。 ルックは嫌がるだろうけど……もっと、図々しくなるべきなのか? テッドに言わせると、変なとこで詰めが甘い、要するに臆病だってことらしいけど。 だけど、逃げ道を作るのは…彼にとっても僕にとっても、必要なことだと思う。 じゃないと……僕はきっと追い詰めるだけ追い詰めてしまう。苦しめるのは、それこそ本意じゃない。 ―――だけど。 「あー、もう」 そんな、僕の不穏な思考を読んだ訳ではないだろうけど。唐突に響く溜息混じりなテッドの声にはっとする。 「行く先同じなんだから、一緒に行きゃいいじゃん」 こんな場所で言い合いするようなことか? と、呆れを含んだ声音で取り敢えずな妥協案を提示され、テッドには早速懐いたらしいルックの後輩たちは 「うん」 と勢い良く頷いた。 どーん 腹の底まで響くのは、玉が弾ける音。 次いで、夜空に大輪の花が咲く。 それは艶やかに、一夜の…一時の夢幻の如く。花が咲き、散りゆく度に、歓声があちらこちらから上がる。 風向きの所為か、嗅覚を刺激する火薬の匂い。河川敷の一角を男5人、上がる花火に見惚れる。 尤も。 僕が見惚れていたのは、隣に佇むひとりの少年だけ、だけれど。 花火の色に彩られる横顔を、気取られることを承知しつつ、じっと盗み見る。 繊細な鼻梁が色とりどりに染まり、やがて夜色に落ちる。 そして。 何色にも染まることのない翡翠が、未だ夜空を彩り続ける花火からゆるりと地面へと。 「……ルック?」 どうしたのかと、下から覗き込んだけど、その表情までは窺えなくて。 「……別に」 「ん?」 「別に、あんただったから来なかったとか、あいつらだったから来た…とか、そんなんじゃない…から」 前触れもなく唐突に零れる呟きにも似た言葉に、内容共々驚いた。 「ルック?」 「あくまで今回のこれは、不可抗力に過ぎないから」 たまたま使いに出てる時に、花火見物へと誘いに来た彼らを迎えたのがレックナートさまで。帰宅し、改めて誘われて、行かないと突き放せば、友人は大事にしなくてはいけません、と彼らごとまとめて追い出され。 「他に……行くところもなかったから」 誰となんてことは関係なく、そもそも来るつもりがなかったのだと告げてくる。 そんな言い訳してくれるくらいには、今回のことを気にしてるってことで。そう考えるだけで、単純に浮上してしまう。 「うん」 そう、それは言い訳でしかない。自分の非を認めることの出来るルックにすれば、それをすることは不本意な筈だ。 それでも、甘んじてそうしてくれてる…と。そうしてくれるのは、僕の為なのだと…自惚れてもいいのだろうか。 だけど―――。 「埋め合わせしてくれればいいよ?」 本来ならばそれは、ルックが感じる必要などない筈の罪悪感。 冷たい態度で周囲を牽制しながらも、拒絶し切れない甘さ。 そんなルックの甘さにまで、僕はつけいることが出来る。 「いいよね?」 本当は……こんな風に、絡め捕るなんてしたくはない、けど。 そんなしたくないことまでしなくてはならない程に、僕の想い人は手強いから。 「………暇、だったらね」 暫しの逡巡の後返された答えは、一応満足のいくもので。 頭の中、残り少ない空白を埋める為にスケジュール帳の頁を捲った。 ...... END
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