例えば、こんな話 − 熱風前線接近中




 1ヶ月と10日という時間は、長いのか短いのか。
 もうすぐ、そんな長期休暇も終わる。


 夏休みの終わる3日前から生徒部会員は招集される。生徒の自主性を重んじるという学園の方針故に、始業式といった行事さえ生徒部会が取り仕切る。
 それが、いいのか悪いのか解らないが……暑い中、登校しないとならなかった僕からすれば迷惑千万。
 まぁ、今現在生徒部会室の一角で、宿題が〜とがなり立てながらレポートと戯れてる奴等から比べたらいいと思わなくもなかったけど。それも、結局は彼らの自業自得に他ならない。一体何年学生やってるんだか、と呆れる。
 お陰で、召集されたのは諦めるとして……本来の活動が滞ってるという事実を何とかして欲しい。
「これ、召集した意味あるの」
 淹れたばかりの熱い紅茶をふたり分、机の上へ。
 剣呑さを隠しもせずに、目の前に座りにこにこと笑う男に片方を押しやりながら睨み付ける。
 ありがとうと、にこり笑んだ男はそのままカップを口許へと運んだ。
「美味しいね」
 僕の問いに答える気があるのかないのか、男の弛緩し切った表情はそのままで。ちょっと、むっとする。
「……顔、緩んでるけど」
「うん、解ってる」
「…………殴りたくなるから、その顔やめろ」
 こいつはいつも人の顔見てほやほや笑ってるけど。それでも、今日の笑みは普段のそれよりもほやほや度が倍増している…気がする。敢えて言うなら、蕩けそうな? 甘ったるくて、咽そうになるくらいの。
 なのに―――。
 仕方ないよ? と、平然と言われる。
「ルックと久しぶりにゆっくり出来るんだから」
 案の定な返答に、心底呆れる。
「久しぶりって言っても、登校日にも会ったし、祭りでも遇ったじゃないか」
 その1週間後くらいには美術館に誘われて、祭り時のあれこれもあって断るに断れなくて、付き合ってやったし。
 尤もその後はレックナートさまの仕事関連が忙しくて、何度かあった誘いには応えられなかったけど。
「足りない」
「………」
「全然、足りてないから?」
 何が、と聞くのはやめといた方がいい…と本能が告げる。
「本当言うなら、夏休みなんてなくていいんじゃないかって思ってたよ」
 その間、離れてる…どころか、顔さえ見ることが出来ないんだから、と平然とのたまう。
「そもそも、夏休みって暑さの所為で勉学に支障が出るからって理由で設けられたのが元でしょ。それを言うならココは冷暖房完備なんだから、問題ないし」
 そりゃ、夏休みの定義としては、そうだろうけど。
 そんな事したら、 「……あいつら暴動起こすよね」
 未だ室内の一角で、呻きながら宿題をこなす面々を指差すと、うんと項垂れた。
「そうなんだよね。そう思って、やめといた。流石に、結託したあの面々敵にまわすのは厄介だし」
 本当なら、夏休み入った時点で11月の半ばに催される都蘭祭への企画提案から行わなければならなかったんだけどね、との言は、流石に聞き捨てならない。
「間に合うの?」
 現在、未だに目の前に差し迫った始業式に関することさえ話し合えてないのに。
 おまけに。
「2学期始まったらすぐに新役員選出って、言ってなかった?」
「そうだよ? その為の、夏休み3日間削っての登校だから」
 暢気とさえ思える口調で告げられるそれに、思わず頭を抱え込みたくなる。
 それって、要するに。
 始業式はさておき、次代生徒会役員の選出から引継ぎから、都蘭祭のあれこれも手掛けなきゃならないってこと、だろ。
「それで、間に合うの?」
「間に合わせるよ」
 当然だ、ときっぱり言い切る。
「そもそも、夏休みに出るのを嫌がったのは彼らだから、どんなに状況的に切羽詰ろうがやってもらう」
 不思議な事に、こいつがそう言うからには大丈夫なんだろう、と思えてしまう。そういう点でのこいつの手腕を疑わないのは、1年間傍で見てきたからに他ならない。
「立候補者の選出から演説、選挙、新役員任命までを10日間。それから、」
「ーーーちょっと、待って」
 新学期からの予定をさらりと流す男を止めると、何? とばかりに黒曜の瞳が問いを含ませて見つめてくる。
「選挙、やるんだ?」
「やるよ?」
「生徒部会長の権限で嫌がる人を無理やり役員に任命したり…な有無を云わせぬ独裁体制、じゃないんだ?」
「…………あー、まぁ…一応?」
 一応、だって?
「僕は立候補も演説も、ましてや選挙もやってないと思うんだけど」
「ルックは特例」
 言うに事欠いて、それか!
「〜〜〜そんな特例、要るかっ」
 生徒部会役員なんて面倒なものを脅しに近い形で押し付けときながらのこの言に、声を荒げてしまう。
 とんでもない男だ―――今更ながらに、そう思いはするものの。もう、ある意味慣れつつある己が悲しい。
「―――で?」
 いちいち腹を立てても仕方ない。この男と付き合うのには、ある程度の諦めも肝心、というのがこの1年で学んだ事だ。
 だから、先程遮断した予定の先を促す。
「新旧役員と、各クラス委員長に各部代表者で執行部設置って段取りかな」
「……新役員は、実地研修兼ねてる訳」
「頭で考えるより、実際現場で覚えた方が早いし」
 だけど、それって…… 「こっちの、負担大きくない?」 。
「まぁ、ルックにはそうだろうね」
「……?」
「他を頼らないってこと」 新役員が雑事を補佐してくれるって考えれば、負担にはならないだろ? と言われても素直に頷けない。
 そもそも、周囲を気に掛けて何かをするってことが苦手なのだ。それならひとりでやった方が、ずっと効率がいい。
 そして、ふっと気付く。
 目の前の男は、やはり上に立つ者なのだと。
 むしろ自分でやった方が早いだろうし確実だろう仕事を他に任せることが出来るのは、信頼してるからだ。信頼が仇となってしまっても、それを受け入れられる器と対処すべき術を持っているから。
 他の責までを負うなんて、とてもじゃないけど僕には出来ない。する気も皆無、だけど。
「でも、ルックのそんなところがとても好ましいよ」
「ーーーッ、」
 思いがけない台詞に、刹那固まる。言葉の意を解した直後、顔から首から熱が灯る。見なくても、己が真っ赤だろうことくらいは…解る。
 こいつは〜!
 不意打ちのように喰らうあからさまな台詞には、未だ慣れない。身構えてないとこに喰らうそれは、威力が生半可じゃない。
 火照りが残る顔で睨んでも、効き目なんてないだろうけど……そうせずにはおれない。
 だけど、やっぱり返されるのは柔らかな笑みで。
「有終の美、飾ろうね」
 学期が始まるのを考えるだけで、頭痛い。
「僕らの代では最後の、それも年間行事で1番メインな祭りだから」
 ちょっと忙しいのも仕方ないと思って?
「…………ちょっとどころか」
 結構な負担になるだろ。それに、生徒部会の仕事に携わってる間は、こいつが傍にいるし。それを考えるだけで溜息が零れる。
 去年は…こんなじゃなかった筈―――と遠くはない過去に思いを巡らせ。ふっと、思い至る。
「……去年は違ってなかった?」
 慣れない学園、初めての役員、その上無理やり役員に引き込まれた所為もあって、昨年の都蘭祭へは宛がわれた仕事以外目を向ける気も、それ以上にそんな余裕もなかった。
 だけど、傍目から見ていても、色んなことがもっとさりげなく颯爽と動いてた気がする。
「あーうん。あれはね……」
 口許がてのひらで覆われ、目の前の男の視線が四方へ彷徨う。何? 聞いちゃ、マズイことなのか?
「初っ端から、格好悪いとこ見せたくなかったから」
 見えないとこで、結構ギリギリなスケジュールだったと苦笑ながらに白状する。
 あぁ、そういえば。
「青い顔してたっけね、あんた」
 いつもの余裕然とした笑みが見えなくて、その時は何を企んでいるのかと正直訝しんだりもした。
 思い出して呟いたそれに、男は嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。
「ルックは気づいてくれたんだ。他には、テッドしか心配してくれなかったけど」
「べ、別にっ。心配なんてしてない!」
 勝手に解釈するな、とばかりに声を荒げたけど、目の前の男に効く筈もなく。相変わらずの都合いい解釈に憮然とする。
「それより! いつになったら会議始めるの」
 既に、集合時間から30分は過ぎている。なのに、他の面々は未だに部屋の一角で宿題と格闘中。っていうか、家に帰ってからやれ! もしくは、今更足掻くな、きっぱり諦めろ!!
「そうだね、そろそろ取り掛かろうか」
 そう言いながら、立ち上がる。そのまま踵を返しかけ、
「あっ、それから」
 唐突に思い出したかのように、こちらに向けられる視線。
「生徒部会でも何か企画するから? 頭の中に入れといて」
「…………」
 これ以上、仕事増やしてどうする?
 思いはすれど、どうせ僕が何を言っても変わらないだろう決定事項に、文句を言うのも面倒だと。軽く肩を竦めるだけに止めた。








...... END
2006.09.20

 2学期前。
 残暑厳しきおりの、生徒部会室模様。

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