画策






 今日も今日とて、同盟軍本拠地・ブラックベリー城の石板前。
(同盟軍軍主・ツバキが言うには、ショコラ軍のマスコットである)石板守が、いつものように不機嫌そうな表情を浮かべ立っていた。
 否、不機嫌そうな態ならいつものことではあるのだが、今日はそれが一層際立っている。
 故に、いつもならば人通りが絶えることなどないに等しいホールなのだが。
 かなり鈍い者でも感じ取れる程に不機嫌のオーラを撒き散らす彼に恐れをなしたのか、うつらうつらと居眠り中のビッキーしかその場には居なかった。
「やぁ、ルック。寂しかった?」
 そんなルックの不機嫌な様に、気付いているのかいないのか。昨日、ツバキに連れられて居城中のサクラ・マクドールは、腕を振りながら彼の人の前にのんびりと歩いてくる。
「今日は静かだね?」
 周囲をきょろきょろと見回しながら、今更の様に言う。
「…………何で僕が寂しがらなきゃなんないのさ。頭、大丈夫?」
 辛辣にルックが返すと、サクラは苦笑した。いつもの他愛ないやり取り。
 しかし、いつもなら、用がない限り自分からは話そうとしないルックが、珍しくサクラよりも先に口を開く。
「何、シーナと話してたのさ…」
 目を眇めて言うと、サクラは一層笑みを深くする。
「何ルック、妬いてくれてるの?」
「……頭、発酵しかけてるんじゃない?」
 恐らく、かなりの兵(つわもの)でさえ一歩引かせてしまうであろう剣呑さの篭った声音と台詞。
 だが、その程度でたじろぐサクラではない。それどころか、そんな様さえ可愛いと思ってしまえるのだから、大物というか何というか。
「照れなくてもいいのに」
 にっこりと笑うサクラに、ルックはそれ以上何も言えなくなる。この状態のサクラに、もう何を言っても無駄だ…と、その経験上知り尽くしていたから。
「……どうでもいいけど。君が来るちょっと前に、熊やら青い雷さんやらが通りかかって、何とも言えないような顔で人を見てったんだよ。シーナに至っては、 『スマン!』 とか謝りながらね?」
 そんな態度を取られて、気になるのは当たり前だと、ルックは眉根を寄せながら胡散臭そうにトランの英雄とまで謳われた彼の人を見やる。
 英雄伝やらで伝えられている雄姿は、サクラの本性を知るルックにとっては 「あんた達目オカシイんじゃない」 って言ってしまいたいくらいその本人の人間性が脚色されたもので、世の中の口碑はその全てを信じるには値しないものなのだ―――という結論に至らしめた。
「……シーナは?」
「さぁ? 今頃医務室で包帯だらけになってるんじゃない?」
 以外に口堅いしさ。
 ルックのその呟きに、サクラは苦笑する。
「悪いことしたな」
 などとほざき、ルックから冷たい視線をいただく。
「何か、機嫌悪い? ―――ルック」
「さっきから僕と話してて、機嫌がいいように見えてたの?」
「だって、昼前にシーナと酒場に行くとき通りかかったら、機嫌良かったし?」
 それは、あんたが側に居なかったからだよと言いかけて、しかし言わずにルックは口を噤んだ。
「熊と青い雷さんに如何にもって目で見られて、その上あの馬鹿にまで訳分からないこと言われて、どうやって機嫌良く過ごせると思うの」
「まぁ、そうだろうけど」
「―――で、何だっていうのさ」
 いつまでも笑みを浮かべたままのサクラに、ルックは焦れたように問う。
「……えっ?」
「シーナと何話してたのさ」
 あの腐れ縁コンビとシーナの態度で、彼らが自分に関する話題で時間を無駄に費やしていただろう事なんて、容易に察しが付いてしまう。
「聞かない方がいいと思うけど?」
 如何にも何か隠しています…というニュアンスを含ませて、サクラは楽しそうに笑う。そのサクラの態度にむっとしてしまう。いつもの彼なら、サクラの挑発的とも取れるそんな様子に気付くのだが…。
 そして、 『君子危うきに近寄らず』 をものの見事に披露して見せたりする。それにしたって、結局最後には巻き込まれていたりするのだが…。
 なのに、今日に限ってルックはそれを黙視した。
 いい加減、自分が好奇の目で見られる…という状態にむかついていたのだ。
「聞きたくはないけど、何であいつらにあんな目で眺められなきゃなんないのか、その訳を知りたいんだよ」
「後悔するかもよ?」
「……いいから言いなよ!」
 意味深に告げるサクラに業を煮やしたのか、ルックは声を荒げた。
「こんな人目のあるところじゃ言えないよ」
「…………」
 訝しげに目を眇め。それでも、ルックはサクラにあてがわれた部屋に、瞬時に転移した。
「―――で?」
 果たした転移の後、間髪いれずに問い掛けるルックに、サクラは 「うん」 と嬉しそうに微笑う。
「言うより、試した方が分かり易いんだけど?」
「はっ?」
「教えてもらったのはもらったんだけど、何ていうか…言葉としてじゃなくて、感覚として覚えたもんだからね?」
 確認するように首を傾げ、サクラはルックの細い腕を掴み、ゆっくりと引き寄せる。
「……………何してるの」
 サクラの突然の挙動に、微かに険を込めてルックは己が腕を引く輩を睨みつけた。
「誤魔化そうっていうの?」
「まさか!」
 そんな勿体無いことしないよ? と、耳許で囁かれ、ルックは微かに身体を強張らせた。
「折角、ルックから誘ってもらったのに」
「…………………はぁ?」
 思い切り呆けた様を晒した後に、優しく寝台に横たえられる。
「…ちょっ、と!!!」
「シーナに聞いてたこと、教えて欲しいんだよね?」
「…っ! だからって、何で人のこと押し倒すのさ!!」
「だって、彼から聞いたの、こういうことだから?」
「―――――――はぁっ???」
 寝台の上に押し付けられ、ルックはサクラの台詞の意味が分からず、眉根を寄せた。
「……ッ、分かんないよ! 〜〜〜って、何脱がしてる!」
「だからね、閨房の術の教えを請うていたんだよ? シーナってそういうの詳しそうじゃない。ビクトールとフリックも酒場に居たから、僕たちの話聞いてたし。」
 くすくす笑いながら、サクラは器用に組み敷いたルックの法衣の帯を解く。
「いつも同じだと、ルックも飽きるんじゃないかと思って。でも、まさか、ルックから誘われるとは思わなかったよ?」
 それはそれは楽しそうに囁かれ、ルックは面に朱を散らせた。
「っあんた、謀ったね!!!」
 恐らく…というか、きっと全てが彼の計画通りだと、今ならルックは断言できる。シーナと連れ立って酒場に行く姿を、ルックが目にするところから、サクラの姦計は始まっていたのだ…と。
 ものの見事に嵌ってしまった自分に、ルックは歯噛みした。
 いつもの己なら、こんな安易な手法に掛からなかった…と、言い切れるのに。
 何故、今日はこんなに簡単にサクラの策に嵌ってしまったのか。
 考えただけで嫌になった。

 ―――あんたが…居なかったから。

 居城してる間、いつも側に居る筈のサクラが居なかったからだ……。
 そんなこと認めたくはないのに、結局そういう結論に行き当たってしまった。
「謀るなんて、そんなことしないよ」
 くすくす笑いながら言われても信用なんて出来ない、とルックはそれこそ怒り心頭といった態で自分を見下ろすサクラを睨む。
「ただね、棚ボタを狙ってみたんだよ」
「〜〜〜〜〜そーゆうのを、謀るっていうんだよ!」
 思い切り怒声を浴びせるルックに、 「そーなんだ」 とサクラは惚けた表情を向ける。
 しらじらしい!!! と、口にするより早く唇を塞がれ、それは呻き声にしかならなかった。
 散々口腔内を嬲られ、息も絶え絶えになっているルックの耳許で、サクラがひそっと囁く。
「シーナから教わったの、試してみようね♪」
 それはそれは楽しそうに言われて。酸欠状態ながらも、その台詞の意味がはっきりと理解できてしまい、ルックは再び眩暈に似た感覚にくらりとする。
 ―――結局。
 悪巧みにかけてはサクラに叶う者など居ないに違いない…と、ルックは今更ながらに思い知ってしまった。



 ちなみに、シーナから伝授された術を試みた所為か否か。
 次の日、石板守の姿がいつもの場所で見られる事はなかった……とか。








...... END
2001.12.04

 108のキリリク用に書いたものの一方です。
 坊がシーナに何を教わって何を試したのか! ……は、ご想像にお任せ致します。

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