絶対温度 彼の人は、それこそ暑さなど感じていないかのようにその場に佇む。 厚手の法衣に、首筋から手の甲までを見事なまでに隠し。他の者がそんな格好をしているのを目にすれば、暑苦しさしか感じないであろうと思われるのに。 すっと背筋を伸ばしたままに、暑さに悲鳴をあげる人々を冷めた翡翠で眺めるだけのその様があまりに端然とし過ぎていて、彼は暑さを感じないのではないのかと…そう感じる時さえある。 その姿は、あまりに涼やか。 「……暑くない?」 相変わらずのその場所で、やっぱり今日も涼しい顔しているように見える彼に問う。 と、僅かにその翡翠が眇まった。 「暑くない訳ないだろ」 近付いてみて、初めてその肌が僅かに赤味を帯びているのが解った。 「だよね」 だけど、そうあってさえ尚。 凛としたその態は、一切の外的な刺激を受けていないのではないかと思わせるのには充分過ぎるくらいで。 ふっと、触れたいという衝動が湧いたのにそのまま任せ。 「……な、に」 繊細な指先を、そっと掬い取るように手に取った。 ぴくりと反応を返すその様と、一層細められる翡翠に気付かない訳ではなかったけど、そのまま掴んだ手の指をするりと撫でる。 「……触らないでよ」 確かに、触れた手はしっとりと汗ばんでいて。 それはまるで……。 「何?」 くつりと笑みを漏らしたのを訝しんでか、問われた。 「うん、何かね。思い出しちゃって?」 「何を……ッ、」 触れたままだった手をそっと持ち上げて、てのひらに啄ばむように唇を落とす―――と、その行為で言葉に含まれた意味を違うことなく読み取ったんであろう彼は刹那、その面に朱を散らせた。 「何…考えてんのさっ!」 思い切り手を引かれて。不本意ながら、取り戻されてしまう。 焦っている様や恥らう様が、どうしてこんなに頬を緩ませるんだろう。 「真昼間っから、それもこんな場所で」 それには反論できないけど……だけどね。 「だって、暑くなってから全然触れさせてくれないから」 欲求不満なんだよ―――と、さもあらんといったように告げれば、いっそ見事なまでに赤味を増す。 咄嗟に逸らされた視線が、暫くあちらこちらを彷徨い。そして、どこか躊躇うように足許に落ちて。こういう時の彼は、酷く……幼い。 「……って」 「うん?」 「………ぁ、ついの…嫌いなんだよ」 視線を逸らしたまま、ぽそりと零された言葉に浮かぶのは苦笑ばかり。僅かに覗える耳元が真っ赤に染まってて、何故だかそんな事でさえ満足感を覚える。 「うん……解ってるよ」 それでなくても体力ないのに、そこまで無理言わないよ…との台詞には、疑惑のこもった眼差しを向けられた。 「何?」 「あんたのそういう台詞……いまいち、信用できないんだけど」 あぁ、それはそうかも知れないよね。 僕の場合、何しろそういう前歴が多すぎるってそれなりに自覚あるし。 それより何より―――。 「言い得て妙だけどね、ルック? 一番そう思ってるのは、僕自身なんだよね」 ...... END
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