彼であるということ ガラス窓を打つ雨は、次第に雨脚を強くし、叩きつけるモノに変わる。 高い塔の自室で、読んでいた書から窓に視線を向けると、視界を埋めたのは青。 最早、入り込むのが当然になりつつあるその青を、目を眇めて見やった。 その青は、突き抜ける空の如く色合いをしている。 外界からは窓を打つ雨の音のみ。 じんわりと忍び込んでくるのは、雨が運ぶ湿気。 閉ざされた空間のその内で、呼吸をするのは、僕と彼―――のふたりだけ。 「なぁ、寝てみない…か?」 躊躇いを含んだ物言いは、全くもって彼らしくなく。 それ以上に、その言葉の意味の為すところが解らなくて。 「寝てるじゃないか、毎日」 胡乱気にそう言えば、彼はがっくりと深く肩を落とした。 そして、ちらりと窺うように視線だけをこちらに向けてくる。 「何?」 訳の解らない挙動に溜息混じりにそう訊ねてやると、 「……いや、もういい」 再び、頭を垂れた。 彼の言葉の真の意味を知ったのは、あの時から2年後。 ―――解放戦争と呼ばれる、星が率いた戦争時だった。 それから、3年。 僕は再び、星の任に就き、人の中に身を置く。 『なぁ、寝てみない…か?』 彼の言葉に含まれていた意味を知った時は、多大に呆れただけだったけど。 恐らく、必死な思いでそれを告げたであろう時の、彼の表情だけは未だにはっきりと覚えていて。 「………本当、馬鹿」 今でも、溜息を吐いてしまうほどに呆れているのは確かなのに。 だけど―――。 もし仮に、あの時その意味を知っていたら? 僕は彼に、抱かれたのだろうか? 抱かれたら、何かが変ったのだろうか。 何を得、何を失ったのか。 彼と僕の間にあったもの、それは何だったろうか? 今になって、それを考えるのは何故だろう。 そっと、瞼を閉じる。 視界を隔離する。 窓の外から侵食してくるのは、降りしきる雨の音。 彼と居た時間のそれと違う音を聴かせるくせに、それでも思考を帰す。 ねぇ? もう一度……言って。 そうしたら、あんたにだけの答えをあげるから。 ...... END
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