こおる ……どうして―――! 再会は、驚愕だった。 禍々しい程の気配を抑える術さえ知らない。 こいつがその身に宿しているのは、確かにあいつの紋章。 ……継承が、為された? 何時? レックナートさまなら知ってるのかも知れない、とは思うものの。 聞いても、知ってもどうしようもないんだって事に気付いたのは、石板を小さな部屋に運び込まれてからだった。 天魁星にその名を刻まれているのは、かつて帝国からの使者として会ったことのある少年で。今の僕は、彼の星のひとつ。 そして、レックナートさまから石板守の任を担っている。 動き様が、ない。 継承が為された後、真の紋章からの呪いから逃れた元の宿主はどうなるんだろう。 「………テッド」 紋章からの干渉を得る事の出来なくなったその身は……? 「テッド―――」 何冊も読み漁った文献には、そんなことまでは書かれてなかった。 「テッド…っ!」 ―――やっぱりあんたは、嘘吐きだ。 「テッド!!」 呼んだら来てくれるって言ってたじゃないか。 「――――――ッド!」 そう、言ってたじゃないか! 「――――――――――――!!!」 湖上の砦を、叩きつけるような風が取り巻く。 唸りを上げて荒れ狂う風は、あまりに不自然なモノで。 今や湖上の砦の主となった少年は、窓の外へと視線を奪われる。 「……荒れてるな」 まるで………今の己の心情を現しているかのようだと、彼は思う。 「…………」 「マクドール殿、何処へ?」 「ちょっと、見回ってくる」 軍師に言い置いて踵を返すと、そのまま屋上へと足を向けた。 誰も居る筈なんてないと思っていたその場所に小さな影を見つけ、マクドールは軽く瞠目する。 あれは―――、 「…ルック?」 風にその身を嬲られながら、じっと立ちつくす華奢なその後姿に、叩き付けてくる風に浚われないように姿勢を低くしながら、その名を呼んだ。 轟々と唸る風に、到底その声が届くとは思えなかったが。それでも、ルックはゆるりと振り返った。 何の感情も読み取れないその蒼白な面に、マクドールは酷い違和感を覚える。 「軍主殿―――か。何か用?」 風に巻き上げられた髪が、少年の耳元を露にし、思わず眉根を寄せた。 耳朶から流れる血と、そこに先程まではなかった濃い緑色の小さな…ピアス? 「風、強いだろ。様子見にきたとこにルックが居たから声掛けた、だけ」 それよか、こんなとこで何やってんだ? と逆に返されたルックは、 「……関係ないよ、あんたには」 酷く億劫そうに踵を返す。 「危ない、だろ」 あんまり小さくて、この強い風に吹き飛ばされそうだと言うと、嘲笑うかのように口の端を歪めた視線がマクドールに戻された。 「風が僕に危害を加えるって?」 くすりと笑う。そして、凍えそうな瞳で相手を見据えた。 「有り得ないよ?」 あまりに冷たいそれに、ぞくりと背を駆け抜ける感覚に身が震えた。 ルックはすっと目を眇めて、 「こんな砦、壊れちゃえばいいんだ」 何の感慨もなくそう呟く。 「やっと手に入れたんだ、それは困る。それにここはそう簡単には壊れないさ」 きっぱりと返すマクドールに、ルックは口元に笑みを刷く。 「風が強いから、心配で来たくせに?」 「いや……ただ、呼ばれたような気がしたんだ」 ぐるりと周囲を見回しながら発せられたマクドールの台詞に、小さな身体を強張らせた。 黙り込んだルックに何を思ったのか、風に浚われそうなバンダナを押さえて静かに問い掛けた。 「砦の形状がなんでこんななのか解るか?」 「………やり過ごす為だろ」 円柱系ならば、風の風圧を直接受けることなどない。受ければ、崩れ落ちるくらいに強い風が吹き抜ける場所だ。 故の、この形状。 「……自然に逆らうな、って事だ」 「―――っ、この現状が自然だって?」 明らかに人の…紋章の意志が関与したこの状態が。 「それでも受け入れなきゃ、なんないだろ」 「…………あんたは、そうなんだ」 ルックに強くそう問われ、マクドールは右手の甲を見やりながらどこか忌々しそうに言葉を吐き出す。 「受け入れてそのままって訳にはいかない。これがテッドから受け継いだもんじゃなかったらそうは思わなかったかもしれないけど」 逆らってでも、前に進まなきゃ―――いけない。 マクドールの口から出された名に、ルックはぎゅっと小さく唇を噛んだ。 何故……とルックは思う。 何故、この生と死の紋章を持つ者がこいつなのか。 自分が知る継承者は、こいつではなかった…。 どこまでも勝手で嘘吐きで、そのくせどこまでも優しくて―――明るい空色の瞳を持つ、少年だった筈なのに。 「―――ルック? 血が…」 「もう乾いたよ、」 触れる為だろう伸ばされた手をきっぱりと拒絶して、視線をも逸らす。 そして、 「じゃぁね、」 そう呟くと転移の術を詠んだ。 転移際まで逸らされていた翡翠の瞳に、深い翳りを見たような気がした。 「風……泣いてるみたいだな」 強い風は、まるで慟哭のようで。 己が身に吹き付けるそれが、あまりにも痛くて―――。 マクドールは小さな風使いが今まで立ち尽くしていたその場所を、意味もなく何を思うでもなく、ただじっと見つめていた。 風は……未だ止まない。 ...... END
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