空の瞳 「ゴメンな」 押し出すように囁かれた台詞。 「………いいよ」 そう言ってやったのに。…なのにその面の苦渋に満ちた表情はやっぱり消えなくて。 「ゴメン、な」 他に言葉を失ってしまったかのようなそいつの台詞に、 「……いいんだよ」 やっぱり、そうとしか返せなかった。 + + + 目前にあるその青い瞳を見ながら、何で…と単純な疑問だけが沸き起こる。 「何で…………?」 又逢えるなんて、本当は思ってなかった。 逢えるといいとは……思っていたかもしれないけれど。 今となっては、それもどうでもいいことのように思える。 「……俺、結構怒ってるんだけど」 「…だから?」 僕がしでかした事に憤りや不快感を感じないで欲しい―――と、思う事自体無理があるから。 誰に何を言われようと、覚悟は出来てる。 それだけの事を、やろうとしたのだから。 だけど、それをいの一番にあんたに言われるとは想像さえもしなかった。 「本当にあんな方法しかなかったのか?」 「…………なかった訳じゃない」 と、今ならそう言える。だけど……。 「そんなに自分がキライなのか? 全部の罪をそんな小せぇ身体に負う覚悟なんてしちまうくらいに?」 空色だと思う、この瞳は。全てを見通す空の青だ。 「……………好きでいられる訳、ない」 「っ、俺は好きだ!」 強い声音と台詞に、瞬時身体が心が強張る。 人を屠る事も、血に塗れる事も、全てを破し滅し―――その罪を全て背負う事も…何も怖くなかった。 それ以上の恐怖を知っていたから。 自分が……あの灰色の世界を創る全ての元凶かも知れないという、これ以上もない恐怖を。 だから今、この瞬間、己が身を駆けたものが何なのか、咄嗟には判断しかねた。 これは、………恐怖ではないのか? 「……好き…なんて、言うなっ」 押し出した声音が、自分でも可笑しいくらいに震える。 そんな態に何を思ったのか、じっと視線を合わせてきてひと言ひと言、まるで言い聞かせるように口を開いた。 「知ってるか? お前は強くない。小さくて、弱くて…酷く優しい。知ってるよな」 「……っ、弱くなんて」 優しくなんて―――! 「あるんだよ。俺は知ってる。お前のお師匠さんも、それにアイツだって知ってた筈だ。だから……俺は、託す事に躊躇わなかったんだから」 「…………そんな事」 「俺は何でも知ってるんだぞ? だって、ずっとずっと見てたんだから」 真剣に見つめてくる空色の瞳があんまり痛くて……ぎゅっと眼を閉じると、そっと頭の上に掌が落ちてきた。 「ずっと……見てたんだ」 「―――だったらっ!?」 呼んだんだ。 何度も何度も、―――何度も。 声が嗄れる程。 恥も外聞も、何もかも殺ぎ落としてしまうくらい。 他の誰でもない、あんたの名前を呼んだ。 「呼んだんだ、 『テッド』 …って」 助けて欲しいと。 僕が世界を終なす元凶ではない、と。 ただ、たったひと言でいい、そう言って欲しくて。 助けになんて来ない事知っていながら、それでも呼んだ。 呼び…続けた。 「……ゴメンな」 謝ってなんて欲しくない。 「俺さ、20年前ルックに逢って…やっと前見て歩き出せるようになった」 頭に置かれてた手が、すっと落ち着かせるかのように髪を梳いてくる。 「そしたら………アイツに逢ったんだ」 「………………マクドール」 微かに漏れた笑みには、苦味が篭もってた。 「ん……。ウィンディのお膝元だったけどさ、紋章の気配なら完全に消せたし。灯台下暗しとも言うし? それに、当然みたいに居場所与えられて、あんまり居心地良くてさ…離れられなくなった」 20年前に僕が引き止められなかったあんたを、……アイツは引き止めたんだ。 そうする事が……出来たんだ? 「アイツと居ると、自分のこれからとか過去とか、色んな事考える暇もないくらい楽しくてさ」 どこか懐かし気に語られるそれは、僕には痛みしかもたらさない。 だけど………。 「忘れて…られたんだ」 自分が真の紋章持ちだ、という事実さえも? 「……うん、忘れてた」 「…………そう」 だったら……だったら、仕方ない。 僕と居たら、あんたはその呪縛からはホンの一時でさえ逃れられなかったんだろうから。 あんたがそれでよかった…っていうんだったら。 もう―――。 「……いい、よ」 そう告げてやる、と。酷く顔を歪めて、テッドは笑った。 「―――ゴメンな? 助けに行けなくて」 「………別に」 もう、いいよ。 あんたはそういう奴なんだから。 20年前、自分よりあんたの方が、余程風のような奴だと思ってた。 「ゴメン…な?」 だから、もういいよ。 + + + 「ずっと見てるから、」 これからも―――? 「俺は此処からは動けないから…見てるだけしか出来ないけど………。イヤだって言っても、鬱陶しいって言っても、見てるから」 「…………どうして…」 「……お前、馬鹿だから」 にっかりと太陽のように笑うから。 「お前は知らないだろうけど、俺にとってお前は大事な存在だから」 「……人じゃなくて、も?」 「俺だって、今じゃ人じゃない。それって、そんなに重要な事じゃない。俺が好きになったのは、お前だ。それが一番重要な事実だろう?」 「…………あんただって、馬鹿だ」 「いいんだよ、俺はな」 ……そうだね、あんたにはそのまま変わって欲しくない。 「……行くのか?」 「そうだね。だって、此処には居られないよ」 あの娘が待ってる。 愛しい、僕の生命ともいえるあの娘が。 「僕は後悔なんてしてない。だけど……唯一後悔してるんだとしたら、あの娘を巻き込んだ事だと思う」 「それが解ってりゃ充分!」 そう言って、空色の瞳に包まれて、漸く僕は僕に還る。 「………あ、りがとう…」 20年前も、今も…あんたはやっぱり、僕の欲しいモノをくれた。 前に進む事に躊躇う僕に、迷いながらも進み続ける強さを。 例え側に居なくても、ちゃんと知っててくれてるから……それだけで、良かったんだ。 「あぁ」 あんたの笑顔が…大好きだったよ。 「又な、―――ルック」 「―――っ! 縁起でもないね、」 あんたに名前を呼ばれるのは……もっと好きだった。 だけど、一番好きだったのは。 「じゃあね、テッド」 細められる瞳の色。 空色の、突き抜けるようなその青い瞳。 その色は、目の前からその存在が居なくなっても、残像のように眼裏に焼き付いた。 あんたのその瞳に映ってる自分は、好きだった。 空色に包まれて、それは僕にとって唯一の色だった。 ずっと、変わる事のない……その色。 青い、あおい―――それは一面の青だった。 ...... END
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