日常の終わり 【1】 そこは、小さな島だった。 森で覆われ、涸れる事のない泉を擁し。 その島の中心に、ひっそりと高い塔が建っていた。 そこに住まうは、星見の魔術師とその弟子。 故に、その塔は魔術師の塔と呼ばれていた。 そして、今現在。 優雅にお茶の時間を過ごす星見の名は、レックナートと言う。 「レックナートさま、そろそろ帝国からの使者が来る刻限ですが」 師であるレックナートからお茶のお代わりを促され、弟子であるルックは 「それどころではないでしょう」 と、半ば呆れたようにそう言った。 「まぁ……もう? まだ、星見が終わってないというのに?」 「……………レックナートさま。確か、昨日もその先日も先々日にも、今日の使者の来訪をお伝えしたと記憶してますが」 「ええ、確かに。日が経つのは早いものですね」 しみじみとそう言いながらも、レックナートはお茶のお代わりを促す。 「……………」 これがレックナートだと解ってはいるものの。所詮己が何を言っても焼け石に水なのだから…と、ルックは新しいお茶を淹れた。 「あら、いらっしゃったようね」 「そう言いながら、暢気にお茶を飲むのを止めてください」 師が島内に張り巡らせている結界に何かが触れたのには、勿論ルックでさえ気が付いた。それでも、未だに腰を上げる様子さえない師に、弟子は何ともいえない表情を向ける。 「どうするのですか」 問いには、溜息が混じっていた。 それに気付いてない訳ではあるまいに、レックナートは最後のひと口を飲み終えると、テーブルに茶器を戻してからにっこりと弟子に笑みを向けた。 「これから星見に入ります。ですが、暫し時間が掛かるでしょう。ルック、」 「……………はい」 「使者の方々には、時間の経過さえ気にならなくなるくらい、丁重にお相手して差し上げて下さいね」 要は―――。 「……………時間稼ぎ、ですね」 「まぁ、ルック。そんな身も蓋もない言い方を…」 「どんな言い方をしても、する事は同じです。そんな事よりレックナート様は、さっさと星見をお願いします」 「……もうひとつ、焼き菓子がいただきたかったのだけれど…」 と、未だ未練がましそうにテーブルの上の籠に盛られた焼き菓子を見やるレックナートに向けられたのは、ルックの冷ややかな視線。 本気で怒っているらしい弟子の様子に、レックナートはすごすごと星見の間へ向かい。 後に残されたルックはというと、これ以上もない疲労感に襲われていた。 既に、これが彼らの日常。
|