再逢 彩哀 …最愛 − 4 浅い眠りは常で、漸く寝付いてもふっと目が覚める。 そもそも、睡眠を取る為に寝台に潜り込んでも目が冴えて眠れない。 そんな症状に医務室を訪れた本人にではなく、 「慢性的な不眠症でしょう」 と、軍医からわざわざの連絡を受けたのは軍師のシュウである。 そして、それは何故かルックに。 軍師の私室呼ばれ、 「何とかしろ」 と有無を言わせずに言いつけられた。 「………なんで、僕に言うのさ」 淡々とそう問う自軍きっての魔術の使い手でもある魔法軍兵団長に、シュウは冴え冴えとした表情を壊すことなく言い切った。 「オギ殿のご希望だ」 「…………それ、どういう意味で言ってるか解ってるの」 隠された真意を探り出すかの如き強い瞳で射抜かれながらも、 「解っている、つもりだが?」 と、シュウはその視線を逸らさずに言い放った。 「……軍門に属した覚えはないんだけど、」 「そんな事は関係ない。手ゴマは最大限に生かす性質だ。お前もオギ殿に倒れられたら困る口だろう」 軍師の台詞にすっと目を眇め。 「方法までは指図させないよ」 最後の足掻きにそう言い置けば、それについては全面的に任せるとの言が返ってきた。 「因みに、慢性的不眠症患者のオギ殿は、酒場にて処方を待っておられるそうだ」 どうみても、面白がってるとしか思えないシュウの台詞に、退出しようとして開けていた扉を思い切り力を込めて蹴り閉じた。 酒を飲むのは嫌いではないが、酔っ払いで溢れ返る酒場は嫌いだった。酒に呑まれ、我を忘れるような輩は少なくない。 そして、その酔いに任せて何かを仕出かす…という痴れ者達には実際、幾度となく迷惑を被っている。 そんな酒場に足を踏み入れ、目を細めてその内を見回す。 喧騒漂うそこは、アルコールの匂いとそれに酔う者達で相変わらず賑わっていた。 カウンターの端で、湯気の立つ湯呑を傾けていた目的の人物を目にすると、周囲のテーブルで何やら揶揄ってくる酔っ払いどもには一瞥もくれずに、その相手に歩み寄った。 酒場の女主人のルックを向ける視線に気付いた軍主が、 「おう、ルック」 暢気に振り返る。 「眠れないって聞いたけど」 そう言うルックの瞳は、怒りそのままに冷たく凍り付いている。 「あんたが眠れるように取り計らえ、って軍師から言われた」 シュウってば、気が利くなぁとのオギの台詞は、一層ルックの機嫌を損ねるものでしかない。 「…………眠りの風でも詠んで欲しいの?」 「やだよ」 即座に返る台詞に、ルックはふーっと深い溜息を零した。 「酔っ払いは相手にしないよ」 「酔ってねぇよ、これミルクに一滴二滴アルコール落としただけのヤツだし」 そもそも、レオナって子供には酒出さねぇって言うしさ! 等とほざくオギに、話題に上がった本人は 「当り前だろ」 という言葉だけを返す。 「…………僕はそんなに暇じゃないんだけど」 「だったら、暇にしてやる。石板守の任は、明日一日解くからさ!」 「……どうしてそうなるのさ」 「添い寝してもらうからv」 「冗談」 そういう相手なら吐いて捨てるほどいる。そのつもりでひと声掛ければ、両の手の指では足らない程度には。 ―――なのに。 何故好きこのんで、わざわざ自分を疲れさせるだけのような経験浅かろう子供然とした相手の伽をしなければならない。 「それに、あんたの部屋。朝、ナナミが起こしに来るだろ」 経験の少ないオギの相手は、こちらがリードしないとならない分、酷く疲れる。例え、慣れた者との行為でさえ、自分にはかなり負担なのだ。 朝、彼女が部屋に来るまでに、部屋を出る事が出来るかどうか。 別に隠す気は自分にはさらさらないが。かと言って、見られたい訳ではない。弟と男の情事後を目撃する彼女は、やはりそれなりにショックだろう。 ―――オギと寝るのは、それに伴うリスクが大きい。 「解ってる、けど…あんま……ナナミの顔見てらんねーから」 苦笑混じりのそれに、ルックは腕を組んで星を纏める少年を見やる。 「………甘やかしてやる義理なんてないんだけど、」 それでも。 そう思いながらも、拒絶しきれないのは自分の愚かさ故だと思う。愚かさを晒して、自分を追い込むかもしれないきっかけを作るのは愚の骨頂だとも思う。 それが解っているのに、どうしても拒絶の意を言えないのは……弱いからだろうか。 「………今日だけだからね、」 大仰に溜息混じりにそう告げると、オギは花が咲くように笑った。 オギが寝入ったら、さっさと自室に引き上げよう。 腕を引かれ、子供のように 「行くぞ」 と促す彼に、やれやれを溜息を零すと、ふたつほど席を挟んだ向こう側のテーブルのシーナと視線が合う。 彼の横で杯を傾けるアカザは、何も言わず濡れた紅玉の瞳を眇めて見せて、興味なさそうに肴に手を出す。 「あんま甘やかすなよー」 苦笑混じりに言うシーナに僅か息を詰めたルックは、それでも 「解ってるよ」 とだけ返した。 ...... to be continue
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