再逢 彩哀 …最愛 − 8 ちょっといいか、と幾分険しい顔付きのシーナがアカザに声を掛けてきたのは、レストランで給仕の女の子にお茶をお代わりしていた時だった。 シーナに隣りの席に座るように促して、お茶を受け取る。 何か頼むか? と、聞くと 「要らねーよ」 と返って来、機嫌の悪さが容易に知れた。 「……で、何だ」 シーナの用件は、聞かずとも知れている気がしたが、一応聞いてみる。 「顔、突っ込むなって言ってあっただろ」 「………だから、何なんだよ」 ルックの事だ―――と、小さく返ってくるのに、一瞬胸に苦いモノが去来する。認めたくはないが、言い過ぎたと思わない訳ではない。いつもの言葉遊びの範疇を超えたのだと、解っていた。 だけれど、何だって。 「虐められたとでも、言いに行ったのか」 物言いに来るのが、シーナなのか。 「あいつがんーな事、死んでもする訳ねーだろ。昼飯でも誘おうと石板前を訪ねたら居なかったから、部屋を覗きに行ったんだ」 放っておいたら何にも食わねーで居ること少なくねーからなと、シーナは言う。 「昼間っから仕事放棄してるのなんて、らしくないから。理由聞き出した」 と、続けた。あの、ルックからそれが出来るというくらいには、シーナはルックにとって特別な訳だ、とアカザは漠然と思う。 「あいつが、不器用で要領悪いって知ってたよな」 「逃げるとか、助けを求めるとか、そういう事さえ出来ないくらいには馬鹿だって事くらいは……知ってる」 そう、自分が知るのはその程度だ。 「だったら、真正面から何でも受け取っちまうって解ってるだろ」 そう言うシーナの瞳は、普段の彼からは窺い知れないほどに真剣だった。シーナという男は、その本心ほどうやむやに誤魔化す。終いには、何が本心でどれがそうでないのか、判断出来なくなるくらいに上手く。 「興味本位なら、これ以上あいつに関わるな」 そんな男だから、これは紛れもない彼の本心なのだと否応なく知らされた。 3年前は危なかしくって目を離せなかったのだ…と思い至る。 色んな意味で目立たずには居られない存在だったから、何やら彼の周囲でゴタゴタしてるのを知らない訳ではなかったが、その頃にはそんな軍部内では些細といえる事柄に関わる余裕がアカザの方になくなっていた。 代わりに、シーナが何やら首突っ込んでいたのには気付いていた。 酔狂なヤツと、思っていたのも事実だ。 共に遠征に出た時、飾る気もなくそう言ってやったら 「あいつ、馬鹿だからな」 と返って来た。 「恨むとか、怒るとかすりゃいいのに……そうして当然なのに、そんな事も出来ないような馬鹿だから」 気になって放って置けなくなった、と。 「お前って酔狂な上に、難儀なヤツなのか」 「言ってろ。それと、名前勝手に使わせてもらったから、一応断っとく」 「………あぁ〜ん? あぁ、あれか」 その時期、砦内で囁かれてた噂が 『ルックは軍主の愛人』 だとかいうやつで、その事だと簡単に知れた。 「護ってやってるつもりか?」 「あんま、信憑性ねーけどな」 お前等、いがみ合ってばっかだし―――と、溜息混じりで呟いたのに 「お前の方が信憑性有りまくりだろ」 そっちの方がいいんじゃねーのかと返してやった。 「俺じゃ役不足。レパントの息子とか出しゃいいのかもしんねーけど、家に囚われるのが嫌で家出してんのに、それやっちゃあ本末転倒」 「やっぱさ、お前って難儀だよなぁ」 「大きな世話」 だけれどそんなシーナだったから、ルックの事は任せておいた。 そうするしか、なかった。 何もかもひとりで負うには、あの時の自分は幼過ぎ……今なら、未熟な子供だったと認められる。 3年前はそんな事さえ認められないくらいに、子供だったから。 「混乱させんなよ。お前は遅かったんだ」 最後まで視線を逸らさずに、そうきっぱりと言い置いて踵を返すシーナを、ただ見送る。 言葉が、何も返せなかった。 遅かったと言われ、関わるなと言われ、そうするのが一番だろうとは思うのに。 そうしたくない―――と思う自分が、アカザには余計解らなかった。 ―――ただ、ひとつ。 それが、それまでの彼には全てだった。 失いたくなくて、失うのを恐れて、失わない為に全てを捨てようと思ったのだ、オギは。 だけれど、捨て切れなかった。 だから……、それを失ったのは報いだったのかも知れない。 失いたくなかったのは、たったひとつ―――だけ、だった。 ...... to be continue
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