再逢 彩哀 …最愛 − 9 なあ、ルックの守りたいものって何? ……何、いきなり。 んー、ちょっと聞いてみたかっただけ。 敢えて言うなら……矜持、かな。………って、何笑ってんのさ、むかつくんだけど。 あー、何つーか、ルックらしいなってさ。 ……何さ、それ。守れない、守りきれないもん抱えてたって、いつかは…壊れるだけだよ。 だよなー。 …………………。 だけどなルック、それがなきゃ…きっと俺は俺じゃなかったんだ。 埒もない会話が、小さく細く交わされる。 ルックは、至極面倒臭そうに思い切り深い溜息を吐きながら。それでもどこか和らいだ翡翠が、オギをその内に映す。 軍主の部屋に来、法衣の腰帯を解きかけたルックの手を掴んでさせなくしたのは、他でもないオギ本人だった。 そのオギは、寝台の掛布の上に寝転んで、そんな会話ひとつひとつにくすくすと笑う。どうしていいのか解らなかったルックは、それでもオギの真横に座り込んで他愛もない話に付き合った。 何故か…酷く穏やかだと、思う。 こんな、時なのに―――。 「何かさ。ルックがいて良かった、かな」 「………」 「……ナナミが喪なくなったら、俺も亡くなるんだ…ってずっと思ってた」 寝転んだまま顔の上に翳した掌を、オギはじっと見つめる。 「なのに………俺、まだここに居るし」 何でだろう? ぼそりと零れた言葉は、問うものではなく独り言に近かった。 「俺、朝ナナミに起こしてもらってたんだよな……」 そんな事知ってると、ルックは思った。 ナナミは、オギは朝弱くて起こすのが大変だと常に零していたし、オギはその横で苦笑していた。それは、ルックの知らない、幸せな家族のひとコマのようだった。 「これから……誰に起こしてもらえば、いいっ」 そう呟いて、オギは両の腕で顔を覆う。微かに震える言葉に、感情の高まりが窺い知れる。 「もう居ない! ナナミも……ジョウイもっ!! 傍にいた人、皆…っ」 それは、ルックが初めて聞くオギの本音だった。 「他には…何にも要らなかったのにっ」 風もなく、月もなく、そしていつもなら絶え間なく響く喧騒さえ遠く。 そんな中で、小さく震える子供がひとり。 ルックは、ゆるりとその茶の髪に手を伸ばした。刹那、ぴくりと強張った身体は、そっと髪を梳いていく仕草に次第に解けていった。 「起こしに、来てあげるよ……」 ただ柔らかな声が、オギの頭上に降りかかる。 「僕だけじゃない、皆で代わる代わる…オギの事、ちゃんと起こしてあげる」 そっと撫でるように、柔らかに髪を梳く白い指先。 「………ッ、」 「だから…それまで、寝てていいんだよ」 「――――――ッ、ぁ…」 「………泣いて、いいんだよ」 その優しい言葉に、堰を切ったように溢れる嗚咽。 ただ、縋り付いてくる腕の強さと、声など漏らしていないのに身体中に響いてくる号泣に……ルックは、その哀しい子供を抱き締めた。 『今宵如何でしょうか』 そう、いつものように誘われて、ルックは暫し逡巡する。 頃合的には丁度よかったが、オギの負の感情にかなり精神を削られている自覚はあった。 だけれど―――漸く根付いた風説を、己で覆す訳にはいかない。 それでは、全てが無に還る。 「……いいよ」 だから、ルックはそう言って妖艶な笑みを目の前の男に向けて見せた。 満足そうな笑みを浮かべた男が、 「では……私の部屋へ」 と言うのに頷いて見せる。 男が踵を返し視線が外れたのを視界に収めた刹那、表情が解けた。 …………一体、いつまで。 胸を過ったそれには、気付かないふりをする。気付いてしまえば進めなくなるのを、ルックは知っていた。 それは、何より彼が恐れている事だったから。 「ルック殿」 呼びかけてくる男には纏いなおした笑みを向け、数歩後を追った。 ...... to be continue
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