再逢 彩哀 …最愛 − 11 朝方一番にアカザの部屋を訪れたのは、微かに険の篭もった瞳を露にしたシーナだった。その訪問を、当然アカザは予想していた。 「……ルック、居るだろ」 問い掛けではなく確信を持った言葉に、アカザは隠すでもなく頷いて顎を杓った。 「あっち、まだ寝てる」 杓られた先にちらりと視線を向け、寝台の上に掛布に包まって寝息を立てているルックの姿に目を細めると、そのままアカザに瞳を移す。 「……構うなって、言っただろ」 「だから、」 バンダナを巻いていない髪をくしゃりと掻き上げてアカザは言を繋ごうとする。そうする前に、 「俺じゃ駄目だってことは、3年前から解ってる。だけど、お前はもっと駄目だ」 シーナは牽制するようにきっぱりと言い切った。 「………何、」 「あいつが求めてるのは庇護じゃなく、自分で立ち続けられる強さだ。見守るだけなんて、お前には無理だろ」 懐の内に囲い込んだ者を苦しませるのは、誰だろうと厭う。前の戦争で失したものばかりのアカザの場合は特にその傾向が強い。故に、オギをそれなりに気に入ったアカザはこうして戦場の血の匂いが蔓延とする城へと訪れたのだ。身に宿した真なる紋章が、こよなく好む血生臭いその場所へと。 「お前なら、解る筈だ」 そして、アカザは本気でそうと願えば、その相手を傷付けず守り通せる力と強さを持っている。 「お前がそうする事で、ルックは余計傷付く」 傷付けたくなくて護ろうとする……その態こそが、ルックを苦しめるのだと。 アカザは、きつい眼差しで言葉を投げつけてくる相手に、大仰に肩を竦めて見せた。 「だから、何で、俺が、よりにもよってあいつを護るなんて思うんだよ、お前は」 強調するようにひと言ひと言区切って言う。刹那、シーナの瞳に過った何か…には、気付かない振りをして。 「解んねーなら、それでいい」 突き放すように言い置いて、さっさと踵を返し寝台脇に歩を進めるシーナをアカザはじっと見送った。 ルックの寝顔を見、小さく溜息を吐いて、寝台に屈み込む。 「ルック」 伸ばされた手が、ルックの乱れた髪を掻き上げ、そっと頬に触れる。 「……んっ」 覚醒を促すには優し過ぎるそれに、だけれどルックは小さくうめき何度か瞬きすると、はっとしたように翡翠を見開いた。寝起きの状態で、咄嗟には状況把握出来ないで居るらしい様に、シーナは 「ルック、」 と再び名を呼んだ。 「ルック、大丈夫だから」 「……シー、ナ」 覗き込む相手をそれと認めた途端、ほっとしたように身体の強張りを解くルックに。 刹那、胸の内が焼け付くかのような、激しい感情に晒された。 「何やってんだよ、お前は」 憤りを抑えたシーナの言葉を聞きながら、ルックは身を起こし俯く。 「…………」 答えを期待していた風もなく、椅子に掛けられていた浅黄色の法衣を取ると、ルックに手渡す。 「部屋、送ってやるから着替えろ」 言葉もなく頷いたルックはもそもそと起き上がり、夜着に手を掛ける。気だるそうな緩慢な動作は、疲れが取れていないのを如実に物語る。アカザもシーナも、だけれど何も言わなかった。 いつもの倍の時間を掛け法衣を着終えた小さなその背を、シーナが押す。ルックは、大人しくそれに従った。 「……世話、掛けたね」 何時にない、ルックの逸らされた視線が、胸をざわつかせる。そのままシーナに促されて部屋を出て行こうとするルックに。 「……っ、」 突如、声を掛けようと、そして腕を掴もうとした。そんな訳の解らない衝動に、シーナの鋭い琥珀の瞳が制御を掛ける。 「お前はな、アカザ。解らないんじゃない。解らない振りをしてんだよ」 たったひと言、残された言葉。 それが例え真実だとしても。 その言葉の意味など、知りたくもない―――と、いつの間にか閉じられた扉に握り拳を叩き付けた。 本当は俺の部屋に置いときたいんだけどな、と勝手知ったるルックの部屋の扉を開き、シーナは苦笑混じりで言う。 「そうすっと、オギが五月蝿ぇし」 ルックは聞いているのかいないのか、部屋の中に進むと寝台に力なく座り込んだ。 「………ごめん」 滅多にないルックの謝罪に驚き、そして深く溜息を吐く。 「謝るな。そうするくらいなら、もっと考えろって」 シーナの言葉に、ルックは小さく唇を噛む。 「…………慌しくて…引き摺られてるって解ってる」 城内いっぱいに蔓延する負の感情は、恐らく軍主の姉が皆に愛され過ぎていた故の産物だろう。特に、軍主・オギから直接感じ取れるそれは、彼女をそれなりの人として認識していたルックにとっては、引き摺られるのに充分なほどの痛々しい感情だ。 制御出来ないというルックの台詞に、シーナは眉根を寄せた。 不安定なのはそれだけの所為じゃないだろと、詰め寄りたい感情を押し殺し、シーナは寝台に腰掛けたルックと視線を合わせる為に膝を落とす。 そして、その翡翠を…心の内を覗き込むように見上げる。その清んだ綺麗な瞳は、嘘を吐けない。 「抱え込み過ぎるなって、言ってる。感情なんて、いい年した大人だって自分の思い通りにならねーんだから。人の中で揉まれ慣れてないお前に、そんなに簡単に制御できる訳ねーだろ」 シーナの台詞に、ルックはいっそ深く頭を垂れる。 「あんたも、僕が…子供だって……言うのか」 「子供のどこが悪い?」 子供を見くびるな―――と、シーナは諭すように告げる。 「子供ほど、柔軟で強いものはないんだぞ」 それはもっと周囲に甘えろ、という意味合いだろう。そう出来れば、もっと楽に生きられるのかも知れない。だけれど……それは自分の求めるモノではないのだと、ルックはただただ深く頭を垂れた。 全てを投げ出してしまいたくなる。 負っている役割や、自分ではどうしようもない現実や。 逃げ出して、放り出してしまいたくなる……己を捕らえる様々な柵(しがらみ)から。 だけれど―――。 そうしてしまえば、己は己でなくなるのだという事も……知っている。 ...... to be continue
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