泣きたくなるほどに − 2 薄い帳一枚を間に挟んだかのようなあやふやでざわめきを帯びた気配に、ゆるりと意識が覚醒する。 瞼越しではない光に目を射られ、二・三度瞬きする事で慣らした。 と、いち早くその所作に気付いたのは枕元で居心地悪そうにしていた気配の持ち主らしく。 「すみません!」 と、僅かに強張った声音が頭の上から降ってきた。 いきなりな少年の謝罪と、歪めた顔からジンジンと感じる痛みに、アカザは小さくうめいた。それでも、咄嗟に湧いた疑問は口にする。 「……一体、なんなんだ?」 「アダリーさんに作ってもらった飛び道具噴出機を試してたんです」 反射神経を養う為の機器だと、頭を下げ続ける少年の横で自称天才のアダリーは得意そうに胸を張っている。少年が対処し切れなかった飛び道具に当ったらしいという事実に、アカザは心底情けなくなった。 「本当に! すみません!!」 これ以上下げられないのではと思える程に頭を下げる少年へ、痛みに顔を歪めながらもアカザは 「あー、もういいから」 と手をひらひらと振った。 「避けきれなかった俺も悪い」 だけど人通りが多いトコではすんなよ、との言に、再び深く頭を下げてから少年は医務室を退室した。勿論、置いていかれても困るアダリーも一緒に、だ。 途端、静かになった室内にホッと息を吐き出したところで、 「っ…てー」 顔にジンジン感じる痛みと、後頭部からの響くような鈍痛に目いっぱい顔を顰めた。顔面に何かを食らった勢いそのままに、受身さえ取れない状態で背中向きに倒れたのだと、ある意味冷静に判断して 「なっさけねー」 と、アカザは小さくぼやいた。 「本ッ当、トランの英雄とは思えねぇよな。…つーか、よく生きてんなぁ〜」 感心しきったように呟く声音に悪友の顔を思い浮かべ、恨めしさを込めて声の方を睨み上げた。アカザの視線が向けられた先には、違う事ないシーナの姿。琥珀の瞳がどこか心配そうに、それでも呆れた様をも乗せつつ、寝台上に横たわったままのアカザを見やっている。 「だぁってよ、普通石の床に頭を打ち付けたら、誰だってそう思うだろうさ」 それも後頭部だぜ? との言には、そりゃそうかも知れないがなとは思ったけど。それ以前に、普通は、 「大丈夫か?」 とか訊ねるもんだろうというアカザの論は呆気なく無視された。 「だって、アカザだし?」 自分がどう見られているのか、アカザは改めて知る。 そして、ふっと。 「あっ…今、何時だ?」 「お前が倒れてからそう経ってやしないぞ」 まだ昼時だとのシーナの返答にほっと肩を撫で下ろす。と共に、良かった…と、思ったが。 「……アレ?」 何で良かったと思ったのかが解らなくて、アカザは首を傾げた。 「おい、」 ただ、漠然と。 何かを忘れているような気が―――したが。 「俺、何か約束してたか?」 「はぁ? 誰とだよ」 いや、誰とだって聞かれても。まぁ、忘れちまえるくらいならたいした用ではなかったんだと思うことにしておこうとアカザは結論付ける。 「そういや、お前ルックんとこ行った帰りだったろ? 約束ってルックとじゃねーの?」 「なーんで、俺があいつと約束なんてすんだよ」 「………」 途端に目いっぱいに訝しそうな視線がアカザに向けられる。 その視線と、先ほどのシーナの台詞に、向けられた方もつい剣呑な表情になる。 「俺とあいつとの相性が最悪なのは、てめーだって知ってるだろ」 「アカザ、ふざけてんなよ」 「ふざけてんのはどっちだよ」 「…………………おいおいおい」 信じられないといった態で顔を覆いながら零された 「マジかよ」 との呟きが、どこか途方に暮れているかのようで。訳が解らなくて目を眇めて見やったアカザだったが、シーナの方はそんな視線はものともせず唸っているばかり。 「何だってんだ」 アカザにしてみれば奇妙としかいえない態度に呆れ果てれば。 「お前が言うなよ!」 シーナから返されたのは、冗談じゃないとばかりの怒鳴り声だった。 周囲を巻き込みながらのふたりのドタバタ恋愛成就―――その初めから顛末までを知るシーナにとってみれば、忘れたのがルックと恋仲にあるというそれ限定なのかが甚だ不可思議ではあったのだが。 ま、顔さえ合わせれば思い出すだろ―――と。 その時のシーナは、その程度にしか心配してはいなかった。 ...... to be continue
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