「君が居てくれさえすれば、もう何も望まない…」

 そう告げてくる瞳は真摯な色を湛えているのに、どこか諦めたような雰囲気を醸しだしていて、不安感だけを確実に伝えてくる。

 何を考えているの?

 そう訊ねたいのに……。
 返ってくる答えが怖くて、何も聞けなくなる。

 ―――君にそんな表情をさせるのは、僕だから…。
 いつまでたっても、曖昧なままで答えを返せない僕だから―――。

 だから……苦しまないで?








最後の楽園 − 前編






「サクラさんと喧嘩でもしたの?」
 軍主であるツバキの口から出た彼の名前に、瞬間、ドキリと心臓が跳ね上がる。勿論、そんな動揺を他人に悟られるようなへまはしないけど…。
「―――何で?」
「うん、何だかふたりとも変なんだもん…」
 言外に、僕の所為―――? と瞳で訊ねてくる。
「……関係ないよ」
 意外なことに、ツバキは人の感情の流れに敏感だ。彼が、子供でありながらも同盟軍のリーダーの座に治まっていられるのは、その所為もあるのだろうと思う。
 尤も、本人はそんなものに成りたいなんて、考えたこともないんだろうけど。
「だって、いつも来てくれたら4、5日は居てくれるのに、今日の午後には戻るって言ってるんだよ? 昨日迎えに行って戻って来てから、一日しかたってないのに…」
「そういう時だってあるんじゃないの? アレだって、一応待ってる人が居るんだし」
 そのくらいのことで、そんな情けない顔しなくたっていいと思うんだけど。
「自分の知ってる部分だけが、あいつの全てだなんて傲慢なこと思っちゃいないよね?」
「……じゃあ、ルックはサクラさんの全てを知ってる?」
「―――だから、そういう事考えること自体、傲慢なんじゃないの?」
「…そうなの?」
 上目遣いに見上げ、ぽそりと訊ねてくる。
「知りたいっていう気持ちだけなら、別にいいんじゃない? 相手が厭がらなきゃーね?」
「うーん…」
 悩む様なことか? 頼むから、石板の前で座り込まないで欲しんだけど。
「…そーゆうとこ、ルックって優しいよねー?」
「―――はぁ?」
「ちゃんと相手の事まで考えられる…ってとこ」
「…………そんな事」
「人間なんてね、結局はいい人に見られたいって思うものでしょ。人に嫌われるのも疎外されるのも怖いもん」
 だったら……。
「…………それで、いいんじゃない」
「そういう風に、負担取り除いてくれるし?」
 微かに揶揄するような台詞に、思い切り渋面を作りきつい視線を投げてやると、何故か思い切りにっこりと笑みが返ってきた。
「やっぱり、ルックが好きだな」
「………何、惚けたこと言ってんの」
 心底、呆れてしまう。
「うん、だからね。サクラさん引き留めて」
「………何でそーなる訳?」
 又、この軍主はいきなり…。何の脈絡もない話題の持って行き方に、ルックは顰められた眉間に、白く長い人指し指を押し当てる。
「ルック以外に、サクラさんを引き留められそうな人居ないから」
 もしかして。これは天魁星の性質なのか?
 話の一貫性の無さや、突拍子の無い転換の仕方は…。前天魁星のサクラと交わす会話でも、度々こんな場面に出くわす。いいように、翻弄されまくっている。
「んーじゃ、頼んだね」
 ルックに無理難題を押しつけるのも同じで―――。
「ちょ…!」
「出来ないなんて言わないよ、ね?」
 自尊心をくすぐるようなその物言いに。
「…出来ると思うの?」  相手はあのサクラなのに…。
 出来ないと断るのは簡単なのだけれど、明らかに自分を挑発してくるようなツバキのその台詞と視線を前に、そう答えるのはちょっと…というか、かなり悔しい。
「ルックに出来なきゃ、他の誰にも出来ないよ? きっと―――」
「…………何で、」
 そんな事、言い切れる?
「それくらい、サクラさんの中のルックは特別だと思ってるから。僕、ずっと見てたしね」
 細めた眉根はそのままに、ふーっと大きく溜め息をひとつ落とした。そして、腕を組んでからぼやく。
「……今も昔も、天魁星っていうのは面倒だね」















"―――ボクはキミのナニ?"


 そう、サクラに訊かれたあの日から。
 以前は答え様がなくてはぐらかしていたその問いを、嫌になる程毎日自分に問うている。


 傍に居て……不快じゃない。
 だから、傍に居てもいい。

 それを、唯一許せる―――。


 他の誰でもなく……、








 傍に居て……欲しい?




 取り留めない思考はいつもそこで中断する。
 そんな想いは初めてで…それにいい様に翻弄されて―――。自分で自分の気持ちが制御できないその状況が許せなくて。
 答えを得る前に、考えること自体投げ出してしまう。
 けれど……。
 サクラを見るのが苦しい。彼の情緒不安定な理由が己の出せない答えの中にあるのだということが、解っているから…。
 多分、この堂々巡りは、自分自身で断ち切らなければならないのだと思う。
 サクラのそんな様を見ているのは、不本意だから。
 それが出来るのは、自分だけなのだから。
 求められたから仕方なく―――等という言い訳を、自分に許したくない。サクラとのやり取りの間でなら、意地っ張りな自分はそう言ってしまう自信があるのだけれど…。
 己の求める自分の姿とは、ただ流されてゆくだけのモノではないから。
 彼にだけは、そんな自分の姿を見せたくないから。

 サクラは自分にとって何なのか…。

 その答えが、きっと全てを溶かすカギ。








...... to be continue
2003.09.25

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