例えば、こんな話 − 事と次第 after そっと触れると、ほっくりとした温かさと滑らかさに、自然頬が緩んだ。 広めの室内の真中に置かれたテーブルでお茶の用意をしながら、サクラ・マクドールは猫を撫でる僕へ至極穏やかな笑みを向けてくる。 「ヒスイって名前だよ」 あの時の仔猫だと紹介(?)された猫は、小山を思わせる背を艶やかな毛並みが覆い、長い尻尾をゆるりと緩慢に動かしていた。 あの時は汚れていたから解らなかったけど、その毛色は雪のような白だ。瞳の色も左は水色で右は琥珀色なのに、何で。 「ヒスイ?」 なんだろう? 「うん、ルックの瞳の色から名前もらった」 露骨な台詞に、頬が上気する。 「…あんたね、」 猫に逢いにマクドール邸を訪れたのは、あの雨の日から丁度10日後。土曜で休みだからって誘われて、頷いたからには来なきゃならないと思ってた所為もあっての来訪だ。 「ルック、顔真っ赤だよ?」 絶やされない笑みがいっそ深くなって、何故だか余計に頬が赤らむ。 実際は恥かしがるほどの事じゃないかも知れないけど。 「お茶、どうぞ」 促されて、テーブルに着いた。 「変なこと、言わないでよ」 「僕、変なこと言った?」 不思議そうに返されて、ひとりでむくれているのが馬鹿みたいに思えてくる。落ち着く為もあって、用意されたお茶を口にする。 あっ、美味しい。 「そういえば、ルック前に凄く怒ってたよね」 「はっ?」 こいつ相手に怒ってたのなんて、ずっとだったからどの件に対してなのか解らなくて首を傾げた。 「生徒の個人情報の件?」 思い出してムッとする。 「学園の体質がそうなのかとかいう以前に、僕に対して誤解されるの嫌だから白状するけど、あの学園の理事長僕だから」 「………えっ?」 「僕が理事長、なの」 「…………」 思いも寄らなかった告白に、呆気に取られる。そういえば、学園長には逢ったけど、理事長まで顔を合わせてはなかった。 「まだ学生だし、表立って公表する事でもないから、学園内で知ってる人なんて学園長以外は テッドくらいしか居ないけど」 で、個人情報が全てこいつの元に集まるって? そういう事か。 ……不器用っていうか、秘密主義とか言葉足らないとか…そっち方面だと思うけど。 壊れたように笑顔一杯の男の顔を見ながら、つい溜息が零れた。こいつとレックナート様、一体どっちに溜息を吐かされる事が多いんだろう。 「どうでもいいけど……ヘラヘラ笑ってるの止めなよ。みっとも無いから」 「仕方ないよ? ルックと居ると、勝手に顔が幸せの形になっちゃうんだ」 幸せの形……? 何だ、それは。 やっぱり、こいつはとんでもなく 「…………馬ぁ鹿」 だ。 それを見計らったかのごとく、 「ニャァ」 足許で、猫がタイミングよく鳴いた。 ...... END
|