例えば、こんな話 − 風たちぬ 1 都蘭学園は、小学部から大学院までの一貫した教育を謳い文句にし、多くの著名人を輩出する国内でも有数の有名校だ。 広大な土地に絶妙な位置関係で配置された小学部から大学院までの校舎やグランド等の設備が点在する様相は、さながら学園都市を思わせる。 学園の創立者の曾孫にあたる若き学園の理事長は、高等部に席を置いていた。 高等部は、基本的に四館の校舎から成る。 職員室、校長室、保健室やらの入った第一館。 生徒等の教室が主だった第二・三館。 特別室と、教科室、そして全校生徒を収めて尚余裕のある食堂は第四館に在る。 その第四館から渡り廊下を繋いだ先の旧館に生徒部会室が置かれている。 機能重視な近代的造りな他の館とは異なり、創立時当時そのままの趣きを残す古びた旧館は、木造の洒落た二階建てだ。優雅な螺旋階段を上がった二階部分が教室三ヶ分程の広さの多目的使用可能な部屋とはいえ、教室数に余裕がある校内なれば、館そのものが生徒部会専用だともいえる。 一般生徒・教職員さえ滅多に訪れない旧館は、所謂学園の聖域だ。 委員長クラスなら一月に一度か二度足を踏み入れる程度。各専門委員会でさえ、一週間に一度程度。生徒部会役員という役職があってこそ、自由気ままに闊歩出来得る場所である。 それを特権と取るか否かは、それぞれの役員の気の持ちよう。だけど、どうせなら特権だと思っていた方が前向きだよね、と暢気にのたまったのは理事長兼現生徒部会長のサクラ・マクドールその人だ。った 九月に入ったといえど、まだまだ秋は先ですといった残暑の厳しさに辟易しながらも迎えた始業式……から二週間経った。 毎年のことながら、その間、生徒達は夏の課題テストやら来期役員選出やらで実に慌しい日々を過ごす。 それは、生徒部会の足許にも及ばない程度の慌しさではあったが。 尤も、役員等にいわせれば、これから任期が切れるまでの間が忙しさの本番らしい。 「立候補者の一覧、上がったよ」 プリンターから吐き出されたばかりの用紙を手渡され、基本前向き姿勢な生徒部会長は眉間に皺を寄せた。 「……何、どこか違ってる?」 怪訝そうに問うたのは、昨年の同時期に強制・脅迫的に役員に組み込まれたルックである。 本日は珍しくも、生徒部会室は御礼満員。8人の役員全員が集合している。一年の内で尤も忙しいこの時期、僕らは授業中以外は殆どこの部会室に缶詰状態になる。 「書類は完璧」 ただねぇ〜と、 「いや、何ていうか……曲者揃いかなぁ〜と?」 最早リスト一覧を目にするに、苦笑しか漏れない。 そう、都蘭学園の生徒部会に立候補するだけあって、成績も…だけどそれなりの人物の名が並んでいる。普通に出来る人物というのなら兎も角、それなりに取り扱い注意しなきゃならない厄介な者の名もあったりするし。 だけど、昨年などより余程充実している立候補者の数は、昨年無理やりに招き入れたルックの所為だと断言できる。 例え、僅かな時間でも。 遠慮もさほどの理由もなく傍にいられる、っていう開け放たれた場所は生徒部会というここだけだ。そう断言できるほど、徹底してルックの周囲には変なムシが近付けないように気を配っているのだから。 独裁と言われるのを覚悟で、指名制にすればよかったとサクラは溜息を吐く。今でも充分独裁体制だろと、ルック辺りからは毒を吐かれること受けあいではあったが。 今現在の役員はそれなりに見知った者ばかりだった所為もあるが、気心が知れている。というより、二年ほど前にやらかしたとある高校買収の件で実質手を借りた者で構成されており、同じ穴の狢と言っても過言ではなく。 今年は、その成果で得た状況に浮き足立っていて、後手に回った感が否めない。 テッドが言うには、 「浮かれ過ぎ」 らしい。 返す返すも言葉もない。自覚はあるんだけどね。こればっかりはどうにもならないし。何しろ、恋は盲目というじゃないか。 などと、開き直って言えるくらいには、ふてぶてしいと己でも思う。 「こっちと切り離して、専門委員立ち上げればいいじゃないか」 それでなくてもこの時期の生徒部会の仕事は生半可な量じゃないのに、と呆れたように言われて曖昧に頷く。確かに、そうだけど。 「何事に取り敢えず把握しとかないと、って性分だから」 「……いい迷惑」 「巻き込んで悪いね」 「………別にいいけど。仕事が生徒部会に一点集中じゃ次期役員の恨みは深いだろうね」 とルックは言うけど。恐らく、今現在一番割りに合わないのはルックだろう。彼自身が関わったことに対しては妥協を許せない性質らしく、下手に気苦労を背負い込んでるみたいで。 他の役員連中の仕事は気にしなくていいって、何度も言ってるんだけど。彼らが来れば、すぐに仕事に掛かれるように準備とかもそれとなくやってくれてるらしい。 ルックは良い方へ多大に誤解しているらしいけど、僕的には行事に完璧は求めていない。ある程度のアクシデントは計算内だし、あればあったで、皆それなりに面白がるものだし。 僕が自身にも周囲の連中にも、一片の失敗も許さなかったのは、ただの一度きり―――ルックを傍に置いとく為に画策した、例の件だけだ。 「取り敢えず、立候補者への召集は明日の放課後だから。パソコンに配布する資料類のフォルダあるから、日付だけ入れ替えて全部プリントアウトしといてくれる? 後、ツバキー! 各立候補者の召集係りね。と、ジョウイ以下ナナミちゃんとアップル女史は選挙運動七つ道具人数分分けといて」 「俺は?」 「テッドはシーナと一緒に、倉庫から投票箱とか垂れ幕準備」 「あいあいさー!」 指示を出せば活気に満ちてくる、生徒部会。 面倒臭がりながら、それでもキビキビと動き始める空気に目を細めると。 「で、あんたはいつまで和やかにお茶してるのさ」 探し当てたらしいフォルダをさっさと開きながら、ルックは手厳しく指摘してくれる。 「あぁ、うん。どうしたもんかと?」 「何がそんなに問題な訳」 他薦にしろ自薦にしろ、名が挙がった時点で反対の声が出なかったってことは役不足って訳じゃないんだろ、歯に衣着せぬって物言いはいっそルックらしいけど。 「まぁ、その辺はね」 「人物そのものに問題ありってこと?」 「はっきり言うと、」 「……あんたがそこまで言うってことは、相当ってことだよね」 「…………ルック、知らないの? このふたり」 ルックが興味ないことには見向きもしないということを忘れていた訳じゃないけど。それでも、 このふたりを知らないって事実に至り、ちょっとばかり心配になったりもする。 そう、問題は生徒部会長立候補者に名が挙がっているふたり。 柔らかに蕩ける笑みと優雅な立ち振る舞いに、一部の熱狂的ファンから皇子と呼ばれているらしいユズリハ。 対抗馬は、常に無表情なれど強烈に人を惹きつける、ある意味得体が知れないヒイラギ。 両人とも人柄は兎も角、成績も素行も難癖など付け入る隙もなくそれなりによい評価を得てはいる。 このふたりがふたり共に、学園内ではサクラ、ルックや生徒部会役員に次ぐかなりの有名人だ。 ―――だというのに。 「知らないよ」 いっそ清々しいまでに言い切られて、サクラは苦笑する。 「ルックらしいけど。一応、これから会うんだから心積もりだけはしといた方がいいよ」 ふたり共、個性的だから。 「……あんたの立ち位置でやってけるって意味で?」 「どっちが勝っても問題はないだろうね」 「………………そんなのが、ふたりも居るの」 最悪じゃないか、とルックはうんざりしたように肩を落した。 「……」 その僕に対する認識は、どんなもんだろう。 まぁ、ルックに対しては最初が最初だっただけに、ある程度歪んだ見方をされるのも仕方ない。それでも傍にいてくれてるんだから、それだけで良しとしなければならない…よね。 本音を言えば、ちょこっとばかり不本意だけれども。 「それから、」 サクラは気を取り直し、右往左往する生徒部会役員に向かい声を掛けた。 「明後日からの選挙に関する質疑応答には、テッドとツバキふたりで当たって。と、選挙前日まではこっちの方、ちょっと手が空くから。生徒部会からの出し物、考えといてね」 希望がなければないで構わないよ、僕が勝手に決めさせてもらうから―――との言に、皆は暫しの間動きを止めて押し黙った。 何とはなく、その場合の一番の被害者が誰であるか悟ったのだ。 皆の脳内に浮かんだ当の本人は、我関せずとばかりにパソコンの画面から視線を外すこともなく黙々と仕事をこなしている。 注意を促すべきなのかどうか……。 「…………」 これまた暫し悩んで。結論に至った者から各々の仕事に戻ってゆく。 皆、違わない結論に達したようだった。 当然と言えば当然か、とサクラはほくそ笑む。 問題ありでも楽しければいい、というのが今期の生徒部会役員一同の断固たる総意だったのだから。 ...... to be continue
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