例えば、こんな話 − 風たちぬ 2 なる程、これか―――。 人に対して抱く第一印象がそれとは如何なるものかといった感じだが。 正にそれこそが、ルックの心象を如実に表したものだった。 翌日放課後に召集された次期生徒部会役員立候補者の数は、部会長立候補数を入れて17名とその推薦人。 一週間後に行われる選挙によって選ばれるのは、この中から7名だ。 生徒部会長1名。1、2年生より各学年代表役員がそれぞれ3名。生徒部会長以外の役員にはいわゆる役職名はなく、それぞれがその時々によって一番動ける場と役割を担うようになっている。その辺は、部会長の采配如何という訳だ。 因みに、今期の役員数はひとり多かったがこれは昨年合併された故の緊急処置だと、現生徒部会長のサクラはのうのうとほざいた。 此度の司会は、テッド。補佐、ツバキだ。 尤も、最初はくじ引きだった。で、見事当たりを引いたのはルックだったのだが。 「窓口になるテッドとツバキ、どちらかがやった方がいいよね」 影響力の塊な鶴の一声を発し、にこりと笑ったのは、生徒部会長殿だ。 爽やかな筈の笑みが、黒さを含んでいるのを見極められない連中じゃない。横暴だと文句を足れながらも、ふたり共やらないとは言わなかった。 否、言えなかったのか。 まぁ、そんなことどうだっていいけど……。 司会を免れたお陰で、脇に鎮座しているにも関わらず、ちらちらと時折向けられる視線が、酷く目障りだ。 牽制の意味を込めて、緊張感いっぱいの立候補者一同に一瞥くれてやる。慌てて逸らされる視線や見て取れる動揺に、周囲には気取られぬよう溜息を零した。 今期の連中が生半可ない個性派揃いな所為か、どうにも頼りない印象が否めない。 これが、テッドやシーナ辺りなら、何かを含んだ視線を返されること請け合いで。ツバキやナナミなら、辟易するほど姦しく話しかけられていることだろう。 こんなヤツらで大丈夫なのか。 ……別に僕が気にすることじゃないけど、とは思いながらも。 それでも、選挙後から凡そ1ヶ月強の間、指導しながら共に仕事をこなさなければならないのを慮るに、やはりそれなりの人物であった方がいいに決まっている。他人と相対するのは苦手だし、人数的にいえば現役員の方が余裕がある為、必要最低限しか手も口も出さない気ではあったが。 「―――以上ですが、何か質問は?」 どうやら物思いに耽っていた間に、選挙運動等に関する説明は終わっていたらしい。説明なんぞ面倒だとツバキと役割を押し付けあっていたテッドが珍しく真面目な顔で立候補者を見回している。 「なければ以上で解散しますが、選挙当日までの質問等の窓口は俺かツバキへ」 それでありながら淀みなく説明をこなす様に、 「やれば出来るのか」 と甚だ失礼な感想を抱く。 仕事中でさえ役員だけのときは軽口を叩き、切羽詰らないと取り掛からない所為で時間に追われわたわたと焦っている様しか目にしていなかったから、出来る筈の人物だとは知っていながらも新鮮な驚きを感じる。 尤も、それは役員全員に言えることだったが。 「では、本日はこれにて解散します」 テッドの声が静かな室内に響き渡った。 現生徒部会役員以外がぞろぞろと退出し、いつもの人数に視界が慣れた頃。 「疲れた?」 どうぞ、と目の前にお茶が差し出される。 っていうか、まだ皆片付けしてるんだけど……。 「ルックは休んでていいよ。何だかまだ、ぼ〜っとしてるし」 人に中てられたんだろ、と言う知ったような口ぶりにはちょっとムッとしたけど。事実、その通りだから大人しくお茶を受け取った。 香りを吸い込んでから、当然のように悠々と自分の分のお茶に口をつける目の前の男をじっと見やる。 「最前列の右端と、真ん中」 何の前触れもなく、未だに鮮烈に視界に入り込んでいたふたりを思い出す。 「部会長に立候補してるのって、あのふたりだろ」 問えば、きょとんと目を丸くしていた男、サクラが小さく笑った。 「流石だね」 との言は聞き流す。 「あれで解らないって方が、どうかと思う」 あのふたりは、ふたり共に全く別格だった。 暫し、視線を外せずにいた事実を思い出して、知らず眉間に皺が寄る。 他に媚びへつらうことのない瞳の強さ。 暴力的なまでに視線をそらすことを許さない、圧倒的な力。 確かに、あのふたりはその存在感からして他の者たちとは違っていた。 ふたり共タイプは全く異なるのに、強烈なまでに他を惹きつける吸引力がある。その辺りが、とある人物とぴたりと重なる。ツバキにもそういった類のものを感じなくもないが、常に傍にあるその人物の存在故に顕著に感じることが少ない。 その人物とは言わずもがな、天上天下唯我独尊の意を穿き違えた傍若無人な男、サクラ・マクドールその人に他ならない。 つまりは、人の上に立つ際に何よりも大事な人心掌握に長けているということだろう。 「生徒部会長になるにはどっちもぴったりってことだよね」 何はともあれ、最終学年で良かった、とルックは胸を撫で下ろす。何たって、顔を付き合わせる時間が短い。 この学園に編入してからというもの、気の休まる暇もない。家に帰れば、レックナートという厄介極まりない保護者だっているのに。それでなくても、平穏とはいえない日々を送ってきたのだ。 なのに、目の前の男といい、あいつらといい。 この学園は、そういう厄介な連中の集まる磁場でも発生させているんだろうか。 「まぁ、どちらが当選しても問題ない程度には」 まさか、僕自身がってことはないよね。 空恐ろしいことを考えて、思わずげんなりとした。 そんな僕を知ってか知らずか、それは兎も角さ―――と、黒曜の瞳がひたりとこちらを見据える。 何事かと、首を傾げると。 「挑発するの、やめようね」 全くもって身に覚えのない注意をされる。 「はっ?」 「してたでしょ、さっき」 不機嫌さを露わに漂わせた笑みは、止めて欲しい。 っていうか…… 「やってないよ、そんなこと」 そんな面倒極まりないこと、する訳ない。 きっぱり言ってのけたのにも関わらず、目の前の男は意味深に微笑む。そんな笑み向けられたって、やった覚えないんだけど。 「ルックに視線向けられて、顔赤くしてた人数、知りたい?」 「…………」 何で顔赤く?と考えるよりも先に、 「そんなの数える程に暇だったのか」 と口に出てしまった。 にこやかに浮かべていた笑みの下、こいつは何を考えて、何を見てたんだ。 何かもう、こいつに部会長やれてるんだから、誰が当選しても問題ない気がしてくる。 「仮にも、あの内の何人かとは一緒に仕事するんだしね。チェックはしとくべきでしょ」 「…………何のチェックさ」 時折だが。サクラの言いたいことが、本気で解らなかったりする。 言葉の裏を探るのは、実際不得手だ。それも、サクラが相手だと尚更に。 今では、悔しいとか思うことさえ無意味だと知っているから、敢えて無視してはいるが。 「賢明な人物か、愚かな人物か?」 「………」 「僕らの為にも、彼らの為にも、賢明な人物が当選することを祈っとこうね」 あんたが愚かじゃないって、どうして思えるんだろう。 そこんとこを、とことん問いただしてみたいと思うのは、僕だけなんだろうか。 ...... to be continue
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