例えば、こんな話 − 風たちぬ 3 手ずから作成した企画書案を配る。 最近の生徒部会室は出席率がよくて、きちんと人数分用意した企画書案の内手許に残ったのは己のもののみだ。 「早速だけど、生徒部会からの出し物の草案、目を通してくれるかな」 かさりと、紙をめくる音に、さぁここからが勝負だとばかりに気を引き締めた。 生徒部会からの出し物として僕が企画した案は、『ミスコン』だった。 驚き目をむく者。 溜息を吐く者。 期待に目を煌かせる者。 そして、固まる者。 こちらの予想と違わない数々のリアクションに、ほくそ笑む。 ここまでは想定範囲内そのまま―――となれば。 「当日は当然なことだけど、都蘭祭までの準備期間ってやつが僕らにはほとんどない」 まずは理路整然とした正論で、押して押して押し捲るべきだよね。 「『ミスコン』はいいよ、別に。だけどー」 なんだって、出場者男限定なんだー?! 案の定、予想通りシーナの叫びが部会室内に響き渡る。 「女の子の方がいいに決まってる!」 これ以上もなく力強く言ってのけるシーナとは逆に、テッドは実に淡々と、 「つまり、ここでの”ミス”って……女性のって意味じゃなくて、ミステイクって意味だよな」 企画書案を指で弾きながら頷く。 「女の子、怖いですからね」 自分も女の子であるだろうアップルのひと言には、言い知れない現実味がある。 それに意を得たりとばかりに、複雑そうな面持ちの一同をぐるりと見回した。 「女の子の嫉妬は奥が深いから、下手に優劣なんて決められない。本人の意に拘わらず、名が挙がった時点で嫉妬の対象になる。その点男はね、女の子の嫉妬の対象にはならない。男だからってことで笑って済ませられる。性別関係なく、受け入れられる」 各クラス代表1名ぷらすエスコート役。勿論、部からの参加も可。 笑いを取る方向でもよし、真剣勝負でもよし。 だけど確かにそれだけじゃ、華やかさでは欠けるから。 「だから―――女装」 ただひとつの必須事項は―――女装であること、ただそれのみ。 ま、正直役員の雑事をこなしながら芝居やらの稽古が出来るなんて有り得ないし、祭り当日にしても常時誰かがついてなくてはならない催事店なんてもってのほか。 仮にも生徒部会の出し物とするなら、規模的にも細かいものなんて却下。 だから、 「これが一番妥当だろ」 ってとこが本音だけど。 「優勝クラスか部には、食券。人数×ひと月分」 我が学園の学食レベルは、そんじょそこらのレストランの遥か上をいく。お陰で連日満員御礼で、賄いさんにも学園生にもすこぶる評判がいい。 「あ〜、それイイ!」 「準優勝は1週間分ってとこかな」 「まぁ、それも妥当じゃないか」 電卓を叩きながら予算を割り出すテッドの言葉に、皆頷く。 それに、この種のイベントならお祭り好きが大好きな学園生に喜んで迎え入れられる。 「注目度も満点だし、おまけに話題性も充分。準備にさほど時間も人員も割く必要もないしね」 これ以上の案があるならこちらが訊きたいくらいだし。 反対意見など、出よう筈もない。 実際、割り出した理論に綻びはない。過去の事例に習うなら兎も角、何もない段階から事を起こそうとするには実力は兎も角、時間的余裕は全くもってないに等しい。器だけを整え、他に中身の補充を任せればいいだけの企画は、実のところ願ったりな筈だから。 「じゃあ、可決?」 否決されるなんて露程も思ってなかったけど、一応体裁的に訊ねてみる。 はい、反対意見なしって訳で可決。 「あー、そこまではいいけど…さ」 と、企画書案の案の字を消そうとする手に待ったが掛かる。 「何か気になることでも?」 「生徒部会からも1名選出になってる。これってー」 視線が、約1名の人物に集中する。集中砲火を浴びた本人は、それを知ってか知らずか未だに企画書案を開いたまま眉根を寄せていて。 「勿論、クジ引き」 「「「「えーーーーーーーーっ!」」」」 実に見事な叫びっぷり。…ながらも、皆が皆、同じことを思っている。 ルックでいいじゃん!と。 口に出さないだけ、良しとすべきだろうけど。まだまだ、甘い。 「公平を期さないとね」 下手に押し付けたら、これ以上もなく拙い相手だよ、彼は。 「どうせなら優勝、したいし!」 うん、だからルックにしろというのも頷けるけど。 だからって理由だけで、女装やら人前に立つやらといったことを易々とは受け入れてくれる程に、生易しくはないんだよね。 そんな彼の唯一の弱みは、『公平』だ。同じ土俵で同じ条件で行われることに関する決め事には、文句を言いながらも従ってくれる。だから、一年前生徒部会に引き込んだ時のあれこれを未だに 根に持ってくれてたりもするんだけど。 真横で苦虫を潰したような顔で企画書案に目を通しているルックをちらりと見やって、自然口許が綻ぶ。 正攻法が弱点だなんて、実にルックらしい。 「誰がなったって、レベル的には問題ないだろ?」 一応、周囲への牽制というか……ルックへ警戒心を持たせない為に言う。 軟派な性格ながら甘いマスクで主に女生徒に黄色い声を上げさせているシーナ。 爽やかな好青年を地でいきながら幼い笑顔とのギャップが堪らないと言わさしめるテッド。 物怖じしない性格と可愛らしい面持ちで、和み系と評判のツバキ。 穏やかな気質と物腰で影では王子とまで謳われる秀麗な容姿のジョウイ。 ―――という具合に、客観的に見ても真実であるから平然と言えるんだけど。誰が当たっても、問題ないくらいには見栄えの良い人材が揃ってる。 「そういう問題じゃない!」 「やるなら優勝! ってーか、人前で女装なんかやってられっか!!」 はい、ご尤も。 「勿論、そのつもりだけどね」 言い出しっぺだからって訳じゃなく、何にしても負けるつもりなんて毛頭ないんだよね、僕は。 「皆が嫌だって言うんだから、クジしかないでしょ。ってことで、アップル女史に、ナナミちゃんクジの用意お願い出来るかな」 面白そうに傍観していた彼女等に頼むと、 「任せといて!」 と元気な声が返って来た。 「だからー 絶対確実に優勝できそうな人物がいるのに、何でわざわざ」 「サクラ・マクドールともあろう者がそれ使わなくてどうするよ」 往生際悪いな、男性陣は。 というか…優勝って位置に一番近いって他ならぬ君達が示唆しているルックの、運の悪さを忘れてるのかな。 実際、先達ての選挙説明会での司会進行役でも当たりを引いていた。8分の1の確立だったんだけど。ついでに言うなら、今回は女生陣を除く6分の1。 未だに口を開かないままの渋面のルックを見るに、本人嫌な予感がひしめいているんじゃないだろうか。悲壮感さえ漂わせている気がする。 「遺恨を残さずに決められる方法があればそちら選ぶけど。したい人は居ないんだろ?」 この件に関しては任せるって言ったよね、君達。 「よって、苦情は一切受け付けません」 企画書案の案の字をさっくり消しながら、にっこり笑みさえ湛えてそう告げれば。ぴしりと固まった空気は、やがて人数分の諦めの吐息に溶けた。 ずらりと並んだ男性陣の目前に、小さな手に握られた6本の紙片。それに望む者の心情を表すかの如く、ゆらゆらと心もとなく揺れる。 「赤い丸が大当たりで、黒い丸が小当たりでーす」 ナナミちゃんの差し出した長細く裁断された紙の端を、皆でひとつずつ摘まむ。 ごくり、と誰かが喉をならす音にさえ、緊張漲る瞬間。 「じゃあ、一気に行きましょう」 元気な掛け声と共に、一斉に指先に掴んだ紙片に望みを託して引く―――と。 「おぉっ?」 「あ〜」 「うわ!」 「やったー!」 「ーーーーーー!!!」 「きゃーv」 「…………」 実に様々な意味合いがこもった声音が、生徒部会室に響いた。 ...... to be continue
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