例えば、こんな話 − 風たちぬ 4 いよいよ、というかやっと…というか。 明日、次代を担う役員選挙が行われる。 に、伴って、こちらの任期も残り僅かとなるんだけど。 その前に、都蘭学園最大の催しがある訳で。 「……はぁ」 忙しさもピーク…というより、実際のところは細々した雑事ばかりでそれ程気負うこともない。生徒部会からの出し物としてのミスコンも、あの出場者を決めた日から細かい打ち合わをしている段階。両方とも、云わば調整中だ。 それより何よりも、現在頭を痛めているのは…… 「出場者、だよね」 。 何かもう、この際逃げるのもアリかも知れないと思うほど、憂鬱だ。昨日は、あちらこちら細かく採寸されたし。 『クジ運、ないねぇ』 そう言ったのは、テッドだったかツバキだったか。 どちらにしろ、面白がってるのが半分だろう。苦笑混じりに言われたから。 「運なんて、レックナートさまのとこに引き取られた時からなかったようなもんだけど」 ついこの間、クラス内でもミスコンの出場者を決めた。 『ルックくんは……無理だよねぇ?』 とその時恐る恐る訊かれたから、頷いてやったら溜息混じりに除外された。 『これで優勝は無理かぁ』 と、教室全体が溜息で満たされていた。 僕が出場するしないが、何故優勝へと直結してるのかが疑問だ。そもそも、僕はクラス単位での出し物への協力は無理だと、予め告げてあった。あれもこれも、と半端に手出しして半端なまま終えるのは嫌だし。 そこまで自分が器用じゃないのは、知っている。 基本的に、クラスでの出し物は別口であって、そちらへの出席については役員本人の自主性に任されている。出たければ出てもいいが、生徒部会での仕事があるのも考えろということらしい。 それでも、嬉々として参加する役員が大半だったり、で呆れる以上に感心した。 相も変わらず無駄に元気な奴等だ、と。 軽やかに響いたノックの音に、ふっと視線を扉に向ける。 他の役員連中は、明日の役員選挙の準備で講堂に拘束されている筈だし、それ以上にノックの後にこちらの返事を待つなんて行儀良くないから、彼らじゃないのは知れた。 だったら、誰だろう―――と、 「どうぞ」 訝しさそのままに入室を促す。 カチリと、扉の開かれる音と。 「失礼します」 一礼して入ってきた煌びやかしい人物に、刹那目を細めた。視界に映る穏やかな笑みを浮かべた面は白皙で、繊細な輪郭を囲うのは煌びやかな白金の編まれた髪。 知らない顔じゃない。 「テッド先輩もツバキ先輩もいらっしゃらないんですが、お訊ねしても?」 至極上品な仕草で差し出されたのは、明日の日程表。それは先日、立候補者に配られたものだし、この目の前の豪奢な雰囲気の後輩が説明会当日部会長への立候補者として出席していたのも、知っている。 僕は今現在、所謂留守番役だから、答えるのは全く構わないんだけど。 だけど―――、 「…………っと、あんた誰?」 こいつの名前は知らないんだよね。 そんな必要なかったし。 書類に何度か打ち込んだから名前くらいは解るんだけど、ふたりいる内のどっちがどっちなんて結局解らないんだから、本人に聞くのが一番早い。 「…………………えーっと、まさかとは思うんですが」 知らないんですか? と訊かれて頷く。 何か凄い微妙な顔付きを浮かべられたけど。 「ユズリハ、です」 そう名を告げてきた時は、笑顔だった。だったら、もうひとりがヒイラギ、か。 「ルックさんは、意外性の人ですね」 「は?」 「いえ、隙のない切れ者のイメージがあったものですから」 僅か首を傾げて、こちらを窺う。 こんな立ち振る舞いさえ、優雅なのかと感心する。確か、世が世なら王子だとか何だとか誰かが言ってなかっただろうか。 「勝手なイメージだね」 意外性云々にしても、切れ者云々にしても。勝手に想像されるのは構わないけど、押し付けられるのは冗談じゃない。 「だって、目を惹きますから。イメージ先行も致し方ないかと」 「はっ?」 「何しろ、あの生徒部会長が隠してる程の人ですし」 隠してる? 誰を? 何を? 「先輩って、話題性抜群ですよ。超絶美人だし、途中編入なのに成績上位だし、生徒部会長の特別ってことで。人の真理として、隠されたら見たいし知りたくなるって当然解ってる筈なのに、生徒部会長はムキになって先輩のこと隠そうとしてるから」 余計、視線集めちゃうのも当然じゃないでしょうか? 「そうされてる自覚、ないですか?」 そんなもの――― 「ある訳ない」 。 確かに生徒部会の仕事としてなら裏方の方を多くやってるけど。それでも、人前で何度か壇上にも立ったし、委員会の定例会でだって司会進行何度もやってるし。 「それって、生徒部会長の目の届く範囲内でってことでしょう?」 「何が言いたいのさ」 問う声音が棘を含んでしまうのを止められない。目も冷やかになってる自覚がある。それでも、全く退く素振りさえないのが、又ムカつく。この辺の図太さは、サクラ辺りを彷彿とさせる。やっぱり、この学園を牛耳ろうとする奴等は一筋縄ではいかないんだろうと、改めて思う。 と、ぽつりと。 「………報われてないですね」 僕、生徒部会長に結構憧れてたんですけど……今は哀れみを感じます。 そう言って軽く目頭を押さえるユズリハに、ルックは呆れた。 「何、それ」 「あっ、そうだv」 にっこりな満面の笑みは、裏を感じさせない。それがどんな内容であれ、ない訳ではないんだろうけど、綺麗に包み隠せてるっていうのには感心する。 穿って見過ぎ、と指摘されたらそうかも知れないと思ってしまうくらいに鮮やかだ。 だけど、胡散臭い連中との顔合わせはレックナートさまの仕事関連もあって、場数だけは踏んでるんだよね。その僕の目をもってしても量れないっていうのは……下手したら、こういう男が一番厄介なのかも知れない。 「選挙、勝ちあがったら名前覚えてもらえます?」 「……必要だろうからね」 「じゃあ、頑張んないとv」 「…………」 それが頑張る理由にどうして結びつくのかが解らないんだけど。というか、何か図に乗せそうだから、既に一度認識したからには忘れないとは言ってやらない。 「それで、部会長の前で名前、呼んでくれます?」 微妙な申し出に首を捻りながらも、 「……必要性があれば」 条件付きで頷く。 帰ってきた満足そうな面持ちに、そういえば―――と。 テッドにも、昔サクラの名前呼んでやってくれって頼まれたっけと、埒もないことを唐突に思い出す。未だに呼んでやったことはないけど、約束した訳じゃないし、別に構わない。 ってことは、ユズリハとは約束したことに……なるのか? じっと視線を合わせたままでいたら、ふっと視線を逸らされた。 合わせてた視線が相手側から外されるのなんていつものことだから、それ自体には何も感じなかったけど。部会室に入ってきてからこの相手にそうされなかった所為もあって、ちょっとした違和感を感じる。 「ちょっと…」 「そ、それでは、失礼します」 深々と頭を下げて、さっさと部会室を後にするユズリハに。 …………結局。 あいつは何を訊きに来たんだろうか、と尋ねてきた理由とは違うだろう会話に始終した感が否めなくて、暫し頭を傾げた。 ...... to be continue
|