例えば、こんな話 − 風たちぬ 5 何か行事がある度、学生部会の朝は早い。 その度々、ルックの機嫌は頗る悪い。今日の朝もそれは健在で。眠そうな顔こそ見せない代わりに、仏頂面を浮かべていた。 どうやら極端に、朝には弱い体質であるらしい。 「……何か、機嫌いいのな」 訝しげに問われて、うん?と首を傾げる。 「朝っぱらから、ルックに毒吐かれてたくせに」 ま、確かにテッドの言う通り、生徒部会室へと集合した役員の面々と共に講堂へと向かおうとしたら、 「あんたの仕事は部会室じゃないと出来ないだろ。この忙しい時に、意味のない行動は慎みなよ」 との手痛いひと言をいただいた。ルックの言は尤もで、講堂へ足を運んでも、そこに僕の仕事はなかった訳だけど。 恋する男の心情ってものも、ちょっとは慮って欲しかった。それが出来たら、ルックじゃないとも思うけど。 「ルック、朝弱いんだから仕方ないよ」 「………それと、お前の機嫌の良さの接点が解らないんだが」 そう言うテッドに笑ってみせる。 「好きな人の知らない部分知るって、嬉しいよね」 と、呆れたように吐かれた溜息には 「はいはい」 平常時ならムッとしかねないおざなりな相槌がのっていた。 そんなことは兎も角。 プリンタから排出されたばかりの、未だ熱をもつ書類を手に取る。これで、必要書類は完璧な筈、だ。 「ようやっと、って感じだな」 「やっと手腕揮えるって?」 手元の書類をまくりながら零すと、こちらは朝早いのは全然問題なしらしいテッドがニカッと笑った。 「こっち終わらないと、都蘭祭の方手着けられないからねぇ」 因みに、今日の日程は1,2時間目選挙演説、その後講堂を出る際設置されている投票箱へとその場で記入した投票用紙を投函する。 僕が高等部へ進む前にパソコンからの投票っていうのを試した期間があったらしい。が、厳重に掛けられてるセキュリティを看破して学園中に中継してたお祭り男がいたそうで、その結果得票が左右されたという過去がある所為で、昔ながらの規定用紙に書き込んで投票という形に戻された。 どこにでも兵(つわもの)はいるものだ。学力のみならず、多彩な方面への才能の育成を謳う都蘭学園を目指すこちらとしては、喜ぶべきなんだろうけど。 ま、自分達の上に立とうとする人物のフルネームさえまともに書けないのもどうかと思うし。 苦労するのは開票する生徒部会役員の面々、だけだし。 4時間目に開票して、午後には新役員発表の運び。一般生徒はその間、自習もしくは都蘭祭の準備。こんな日に授業入れても頭に入んないだろうという、教師陣の職務放棄ともとれる提言のお陰だ。 「今回の見所っていやー、あの両極端な部会長候補だな」 カカカと大口開けて笑うテッドは楽しそうだ。 確かに、一癖も二癖もありそうなふたりだった。 生徒主体の学園を牛耳れる実力は必須とはいえ、立候補者の力量がほぼ同等だった場合、左右するのはやはり個々の人気だ。 全くもってやる気があるのかないのか判断付きかねるんだけど、やたらとその周囲だけは大盛り上がりのヒイラギと。 綺麗な面差しに穏やかな笑みを絶やさず、生まれの高貴さも相まって王子・殿下と呼ばれる、隙の欠片も窺わせない油断ならない――― 「……昨日、ユズリハ殿下が部会室に現れたって」 。 「現れたって…なぁ」 魔物じゃあるまいしってテッドは呆れ顔だけど、僕にしてみたら同じようなものだ。否、それ以上に厄介かもしれないって認識すらある。魔物なら、排除すればいいだけだから問題ない。けど、相手が人である以上、そう簡単にはいかないし。 「あぁ、そういえば昨日、ルックひとり留守番だったな」 そう気付いて、こちらへ細めた目を向けてくる。 「つくづく、狭量なヤツだな」 「そこ違う。ルックに関しては、って訂正入れろ」 「……自覚はあるんだな」 当然、そのくらいはある。客観的に見て、入れ揚げてる状態なのも解ってる。けど、 「誰だって、譲れないものってあるし」 僕の場合、それがルックってだけだ。 誰にも触れさせたくないし、傷つけさせるなんて言語道断だし。 それ以前に――― 「他人に見せたくさえないんだから」 。 きっぱりと言うと、テッドは微妙な表情を浮かべてから大仰に肩を竦めた。 「ルックには気の毒だけど、俺に実害なきゃいいか。けど、それルックに面と向かって言わないことをアドバイスする」 「解ってるよ」 そんなことしたら、暫くは口聞いてもらえないこと請け合いだ。 他人のモノ扱いされて、それを甘んじて受け入れるなんてルックじゃない。例えそれが、言葉遊びの範疇のものであろうとも、だ。 「で、殿下は何だって?」 「それが用件言わずに出て行ったから、結局解らなかったって」 「あー、それでルックひとりン時を狙ったんじゃないかって穿ってるのか」 「……テッドもツバキも彼から接触されてないだろ」 面白いものを見るような顔しないで欲しいな。 「そりゃ、そうだけど。けど、お前は穿ち過ぎだろ。世の中の男全部が全部、お前と同じ趣向だと思うなよ」 「でも、テッドだってルックは綺麗だと思うだろ」 「………否定はしない」 「可愛いって思うだろ」 「………一般的なそれとはかけ離れてる可愛さだけど、な」 「ほら」 「勝ち誇ったような顔してんな。そもそも、だ」 テッドの呆れ顔は最早見慣れてはいても、溜息とセットだと流石にムッとしてしまう。 「全部が全部恋愛と直結してるなんざ、サクラ・マクドールともあろう者が考えちゃいないだろうな」 「…………好意への第一歩には違いないし」 「世間一般的には、埋められない深ぁい溝があるくらいには遠い」 「溝は深くても、さほどの幅はないと見るね」 「幅の狭さは、例えば淡い憧れやら恋のきっかけにはなり得るかも知れないけど。取り合う相手がお前って時点でそれも綺麗に昇華されちまうって」 誰だって、命は惜しいからな、ってどういう意味で言ってるんだ、テッドは。 いくら僕だって、ルックの側に居るのを自ら許せなくなるような、そんな愚かな事しないよ。それって本末転倒だろう。それにひと言言わせてもらうなら、そうはならない程度のギリギリの線は、ちゃんと心得てる。 そう、あっけらかんとして告げてやれば、テッドは凄い微妙な表情になった。 「あー まぁ、いいけどさ。今更だし」 「………」 なんていうか、最近、その手の台詞零すの多いよね。 「ーと、そろそろ「まだこんなとこに居たの」」 ふと時間の確認をして、咄嗟に腰を上げたところで、呆れ気味の声音が浴びせられた。 途端、跳ねる鼓動と、声の主に吸い寄せられる視線。 「ルック」 「そろそろ、生徒が講堂入りするよ」 生徒部会室の扉を開いたまま、うんざりとした態を隠しもせずに言う。アップル辺りに呼んできてと頼まれたんだろう。ルックはフェミニストだ……といえば聞こえはいいが、女性には極力逆らわないようにしてるみたいだった。 だけど、ひとりでの行動はあまりいただけない、な。後で釘さしとかなきゃ。 「携帯でもよかったのに」 「……大した距離じゃないだろ」 面倒臭いことは嫌いだと公言しておきながら、変なとこで律儀だよね。 「じゃあ、俺は頃合い見計らって投票用紙持ってくから」 今回は半分留守番のテッドに頼むと言い置いて、 「さ、行こうか」 さり気にルックの背を押した。 ふたり並んで進む講堂への道すがら、ざわつき始めた校舎にちらりと視線を向ける。 どうやら、移動が始まったようだ。 ルックも気付いたようで、 「……留守番役が良かった」 ぽそりと呟く。 人目に晒したくないからそれでも良かったけど、傍に居て欲しいって思いの方が強いんだから仕方ない。 それに、こういう時って校内は無人に近いし。テッドの言うように、僕が表立ってルックを気に入っているって宣言してるに近い状態だから、あからさまな接触こそはないが。それでも、そういうことを望む者が少なくないことは知っている。それが純粋なものだとばかりは限らない。おこがましいとは思うものの、そういう奴等にルックを近付けないって意味もある。 それもこれも、自己満足にしか過ぎなくても。 ルックの呟きと、自分の勝手さに苦笑を零しながら、憂鬱そうにそれでも隣りを歩く彼の人に、問う。 「どう見る?」 「………どっちもどっちだと思うけど。強いていうなら、ユズリハ」 どうして名前? 確かに二者択一だから、個々の名を上げなきゃ解んないけど。それでも、ルックに名を呼んでもらえてる存在にムッとする。 未だに、僕は……ルックに名を呼んでもらったことが、ない。 否、待て。今はそれじゃなくて―――。 「どうして?」 「あの腹に一物持ってるとこは、あんたに通じるとこがある」 「…………ヒイラギは?」 「周囲が熱くなり過ぎ。確かにやれば出来るんだろうけど、解り難い」 良く見てる。 何やかや言いつつ、ルックの洞察力は実際秀でている。 だけど、ここまで感嘆するに値するそれを持ちえていながら、人の感情ってヤツには頗る鈍感だったりするのはどうしてだろう? 「どっちにしろ」 「えっ?」 「ここでひとつ僕らの役割が終わる。そういうこと、だろ」 ...... to be continue
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