例えば、こんな話 − 風たちぬ 6 この都蘭学園の生徒部会役員選挙の開票結果は、全校生徒に結果を告示する前に、本人へ直々に告げる。 それから、各教室へ取り付けられているモニターを通して、新役員のお披露目となるのだ。追記するなら、任命は都蘭祭最終日の閉会式後。 当然、閉会式後に行われる後夜祭は新役員の手で行われることとなる。 「宜しくお願いします」 生徒部会長への当選を告げれば、上品な笑みを浮かべて僅かに頭を傾げるユズリハ、殿下。 完璧な笑み、だ。 ユズリハの隣に立つ唯一の対抗馬だったヒイラギはといえば、どこかしら安堵の表情を浮かべている。それだけで、彼本人の意思に関係なく担ぎ出されたのだろうと知れた。 確かに、そういうのも有りだったろう、が。 こいつの場合は、シンパ諸共に当選しないと職こなせないんじゃないのか? 的な思考に至る。 上に立つ者なんて、色々あって然るべくだと思うけどね。どうも、現部会長の印象が強烈過ぎる所為か、心許なさは拭えない。 まぁ、あの男は文字通りこの学園の象徴だし、その後任ってだけで、誰がその席についても見劣りしてしまうのは仕方ないだろう。 残すところ一月、という役員というよりは雑用生活から開放される喜びについ表情が緩む。 が、何の恨みあってか、 「まぁ、暫くは引継ぎで部会室へは通うことになると思うけど」 等と水を差した男は、憎々しいまでの爽やかな笑みを浮かべていた。 まったくもって小憎らしい男だ、サクラ・マクドールって奴は。 役員二年目ともなると、それなりの内情も心得てるから、一連の作業は手慣れたものだ。 といいつつ、昨年はもっぱら雑用だったけど。今思えば、あの当時いやに役員の人数が多い気がしてたのは、新役員と旧役員が混じった状況だったからみたいだ。部会長を始めに主だったメンバーがあまり代わらなかった所為もあって、今年に比べたら数的には少ないんだろうけど。 そう考えると、あの頃は慣れない状況に浮き足立ってたんだろうと思う。認めたくはない、けど……選挙とか、見事にスルーされてた自分のことにも気付かなかったくらいには。 「経費計上の書類、3クラスと4部分未提出みたいですが」 「速攻、提出の呼び掛け。今日…は無理か、明日の昼休みまでに提出しないと予算配分なしって脅しとけ」 「出店場所について、何クラスかから苦情出てますけど」 「厳正なるクジ引きの末ですから。文句ならクジ引いたクラス役員に言って下さい、と伝えてください」 「あの、後夜祭のことですが…」 「それはお前等の初仕事だから。まず、企画書仕上げてからアドバイスなり求めろー」 室内を飛び交う言葉の多さと余裕のなさに、つい溜息が零れてしまう。 ここんとこ周囲はやたらと煩い。 人の出入りが多い上、部会室内の広さは変わらないのに、人が増えて密度が濃くなった所為だ。 おまけに、忙しさの所為で性格変わってる奴等も何人か見受けられる。 現行一番急いているのは、都蘭祭に関することなんだけど、何故か僕はそちらとは全く異なる仕事をしてたりする。 「引継ぎの中間決算書類一式?」 これは……今やんなきゃならないことなのか? ま、お陰でパソコンやら書類やらだけを相手にしてればいい状況で、慣れない人相手にしない分楽といえば楽だけど。 だけど、周囲がわたわたぎゃーぎゃーしてる中、ちょっとばかり申し訳…ない? と思わなくもない。尤も、下手に手やら口やら出して、余計な仕事招き入れるような愚は犯さない。 まぁ、 「……お茶、入ったよ」 そのくらいはしてやってもいいか、とばかりに人数分のお茶は用意してやっている。 「おー、サンキュー」 「アリガトー」 「あ〜v グッドタイミング!」 「おう!」 「砂糖とミルク、どこ」 「「「「「「あ、ありがとうございます〜!!!」」」」」」 しゃっちょこばって平身低頭、おまけに茹蛸みたいに真っ赤。砕けた古株連中のと違って、新役員連中のリアクションって、皆似たり寄ったりだ。新鮮、ではあるけど。 「あっ、このマフィン! ルックくんの手作りでしょ?!」 皿の上に置いてた焼き菓子を見て、ナナミが歓声を上げる。 「……昨日、作り過ぎたから」 出来れば、その辺はスルーして欲しかったんだけど。 女の子って、そういうの目ざとい、と思う。 昨日、帰宅直後にレックナートさまが 「久しぶりにルックの作ったマフィンがいただきたいわ」 とのたまわれた。 誰が作ったとか、味付けがどうとか、食事に関しては別段こだわりをもたない方だけど、何故か菓子は僕が作ったのしか召し上がらない。 忙しさを理由に暫くの間作って差し上げてなかったから、ふたつ返事で引き受けたは良かったんだけど。ここ最近、慣れない状況で気疲れしてる所為かぼ〜っとしてて、小麦粉を大量にボウルにぶちまけてしまった。 で、何故かムキになってぶちまけた小麦粉を消費した結果が、本日持参した菓子だ。 材料混ぜた後は型に入れて焼くだけだから、そう手間の掛かるものじゃないし。 「「「「「「ールッ、ルック先輩の手作り!!!」」」」」」 なに、その絶叫。 っていうか………何で拳握って、眼キラキラさせてるんだ。 ―――と。 「あぁ、タイミングばっちりだね」 書類片手に柔らかな笑みを浮かべて扉を開けたのは、背後に新学生部会長を従えた 「お帰りなさい、マクドール部会長」 だ。 今日は、教師陣へ準備時間の折衝に赴いてた筈だ。こいつ相手じゃ、教師陣もいい様に言い包められてしまうんだろう、との想像は難くなかったけど。 予定時間の半分じゃないか。もう終わったのか? 「毎度毎度、この時間を見計ったように帰ってくるよな、お前」 テッドがホトホト呆れたように言うのに、黒曜がいっそ柔らかに溶ける。 「何をしてても、どこにいても、ルックの淹れてくれたお茶を逃すなんてこと出来ないよ」 周囲の奴等――新役員連中だけど――がボ〜ッとその笑みに見惚れているのを目にし、頗る性質の悪い男だと思う。こいつの場合、確信犯的に誑し込んでる。 「……どうぞ」 温めていた茶器に紅茶を注ぐと、他の役員に座を譲られたふたりに手渡した。 「ありがとう」 「有難うございます」 にこやかに微笑む、ユズリハ。殿下って呼びたくなるのも頷ける雰囲気を醸し出してて。 「………別に」 何ていうか、こいつ等の笑みって質が似てる気がする。そう思いながら、程よく温度を落した紅茶を口に運ぶ。 「あぁ、今日はルックのお手製焼き菓子だね」 嬉しそうに細まった瞳が、こちらに向けられて視線が合う。 これだけ穏やかかつ柔らかい笑顔とか、声音とか出せるのに、中身は真っ黒ってどうなんだ。それは詐欺とか罪に問われるべきじゃないのか。 「まぁね」 甚だ失礼極まりない感想を抱いているなどとは悟られないように、合った視線だけは外さずにいた。 「そうそう、ルック」 お茶の後片付けに掛かった僕へ、部会長室への扉を開けた格好で名を呼んでくるのはその室の主。 「例の、仮縫い出来たから」 ちょっと衣装合わせねと告げられ、次いで 「おいで」 と促されてげんなりする。 「「「「「「「えっ!」」」」」」」 再びざわめきが戻り始めていた室内が、見事に静まり返る。 「…………なに」 「それって、例の…ですよね」 「あぁ、うん。そうだよ」 「ちょ、っと!」 それを公表していいのか?! 「本番までは秘密、にしといてね」 そう楽しそうに言うサクラに、新役員連中はコクコクと顔を真っ赤にして頷いている。 「さ、ルック」 再び促されて渋々従う。どうせ、同じやらなきゃならないことだったら、文句言う方が無駄だし。 「何かあったら、内線鳴らして」 他の面々にそう言い置いて、こちらへは胡散臭そうな笑みを向けてくるから僅かばかり眉根を寄せて返す。 「……ひとりでいいんだけど」 「客観的に見ないと、でしょ」 小声で囁かれ、ムッとする。 開かれていた扉は僕が潜ると共に音もなく閉じられ―――る瞬間、割れんばかりの歓声染みた声が耳に届いた。 「……何、」 「凄い期待されてるね」 期待? 何に対してだ? ……ミスコン、出場に関してか? 「…………サイアクだ」 ...... to be continue
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