例えば、こんな話 − 風たちぬ 8 いよいよ明日、都蘭祭が開催される。 ……長く大変な準備期間だった。 僕に支持された仕事は、何でこの時期? 都蘭祭終わった後でいいじゃん? な引継ぎ資料作成だったけど、流石切羽詰った状況なので他の役員だけでは手が回らない時はそちらにも手を貸した。 何故か、支持してきた生徒部会長は渋い顔してたけど。 相変わらず、解んない男だ。 生徒部会長といえば、最終確認時手渡された本部詰め・見回りのシフト一覧表も、 「何で二日とも生徒部会長と組まされてるの」 首を傾げるものだった。他の連中は、クラスの出し物との兼ね合いやらで時間をある程度考慮されてる為、新旧で組まされてるって以外はそれこそ適当なシフトだったのに。 「……別に、いいけど」 指摘する程でもない疑問だったからしなかったけど、首を傾げている僕に、周囲の連中は苦笑やら気の毒そうな視線やらを寄越してくれた。 …………一体、何だっていうんだ。 「では今日はこれで解散。明日は6時生徒部会室集合、時間厳守―――以上」 ほうっと溜め息を吐いた僕に、最終資料提出してくるねと言い置いて、ユズリハと共にサクラが生徒部会室を出てゆく。 その姿を見送って、再び溜め息を吐いた。 「おや、ルックさん悩み事?」 揶揄るように訊ねてくるテッドに、ムッとする。 サクラもそうだけど、この男も何考えてるか解らなくて、時折至極苛立つ。まぁ、テッドの場合、尋ねれば答えてくれる分、笑み一つで何でもはぐらかそうとするサクラよりはましだけど。 「…………鬱陶しいんだけど」 だから、テッドにはつい愚痴めいた台詞も零せる。 「誰? 新役員連中? サクラ?」 サクラならいい加減慣れろよーと、高笑いしてくれる。 「あいつは……もう、諦めてるよ。鬱陶しいっていうか……強いていうなら、視線が煩い?」 「あぁ、そりゃさ。サクラが予防線引きまくってっから」 「は?」 「年間でも仕事が一番多いこんな時期なのにも関わらず、『必要といえば必要だがそんなの皆で掛かれば半日でどうにかなっちゃうでしょ?』ともいえる、引継ぎン時に必要な決算書類一式作成がルックに押し付けられたのって、お前さんの為ってーより、あいつ自身の為だから」 そりゃ、どうにかしようと思えば…だろう、とか。 そもそも君たちに、そんな危機感ないだろう? とか、詰め寄りたいとこだったけど。 そんなこと今更な上に、先が続かないから抑える。 「話、訊いてた?」 「だから、変な虫寄せ付けたくないんだよ」 「訊けよ………っていうか又、虫?」 そろそろ、朝夕も涼しくなってきたし出難くなる時期だと思うけど。 「ここの生徒部会って、結構人気者が集まってるって知ってる? 俺らは日常生活も、生徒部会ン時もある程度一般生徒に近い場所に居てさ、それなりの親しさってある訳」 まぁ、他にも居場所がある彼らだからこそ、生徒部会出席率が悪いってくらいは解ってるけど。 「ところが、ルックに関しちゃ全くもってそれがない」 「……………」 「お前さん本人の表に出たくない、他者と余計な係わり合い持ちたくないってな意向もあろうけど、それ以上に!」 人差し指立ててニカッて笑う顔が、なんていうか……ガキ臭くて呆れる。 「あのムッツリな学生部会長が、必要以上にルックの露出をさせてないから」 怪訝な面持ちで見やると、テッドは深く深く溜め息を吐いた。そして、 「知ってるか?」 と訊ねてくる。 「………何を」 「ここ最近、学園中に蔓延してる噂」 「?」 首を傾げた僕へ、テッドはしたり顔で告げてくる。 「立ち振る舞い優雅で、花も翳むってくらい綺麗で。おまけにずっと主席を維持してるサクラとタメをはる程度にゃあ頭良くて……なルックさまだぞ? あぁ、これ学園での一般的なお前の噂な? 耳にした時には噴出しそうになったけど」 「……………」 あまりといえばあまりな揶揄に、顔が引き攣る。 っていうか、そんな噂? 聞いたことない、けど。否、そもそも噂話なんて僕へと経由してくるもの自体ない。それなりに恩を売ってる筈の下級生二人組みにしても、噂の一旦くらい聞きかじってるだろうに伝えてもこないって、どうなんだ? 「まぁ、そのルックさまが、となりゃ話題性としちゃ充分過ぎるから、」 ――ルックの女装? テッドの台詞に、文字通り固まる。 「…………女装」 呟いて、 「ミスコン?」 と頭を傾げると、テッドはにやりと口端を綺麗に上げて嫌な笑みを浮かべた。 「ちょ、だって、ーあれは」 「そうだよな。だけど、外野は知らないから?」 「………そういう目で見られてたから、な視線な訳?」 ”視線が煩い”原因が、ここに繋がるのか。前振りが長過ぎる。 「それもあるけど」 まだこれ以上他にもあるのか、とテッドを睨みつける。 「あのサクラ・マクドールが殊更大事にしてる―――ただひとりのヤツってくれば」 機会があるなら、近寄りたいって思うの当然だろ? と、テッドはしたり顔で言ってくれた。 ―――今思い出しても、あれはムカつく顔付きだった。 昨日のテッドの表情を思い出して、ムッとする。 っていうか……生徒部会からのミスコン出場者、新役員も頭数いれてくれれば良かったのに。 「そうすれば、今のこの状況も回避出来たかも知れないってことだろ」 必要以上に目立ちたくないのに、と朝の換気を終えた窓をそっと閉める。時の流れに置いていかれた様な、懐かしささえ感じるこの校舎は気に入っている。気が立っていても、手荒に扱って壊すようなことはしたくなかった。 「おはよう、ルック。相変わらず早いね」 「………おはよう」 「緊張してる?」 問い掛けてくるサクラに、ふるふると頭を振った。 「じゃ、疲れてる?」 続けて問われ、再び同じ動作を繰り返す。 「心配事?」 「あんたは……、」 「うん?」 「……大丈夫?」 逆に問い返すと、サクラはふわりと笑った。僅かに上気した貌に、それ程疲れた様子は窺えないけど。 「大丈夫。最後だから、ルックと楽しみたいし。去年はそれどころじゃなかったもんね」 「………誰の所為だと」 辛辣に言ってやれば、 「それを言われると弱いな」 と頭を掻いた。 「でも、楽しみにしてたんだ」 「ーッ、そぉ」 子供のように無邪気な笑みを向けられては、最早頷くしかない。一種の緊張状態にあったのか、いつの間にやら苛立ちも治まっていた。 ふっと、サクラの手にしている分厚いファイルが視界に入る。 この男は、学園の理事長とか生徒部会長とかの役割ばかりに追われて、行事を単純に楽しんだ事がないのかも知れない。 「………あの、ね」 最後の窓を閉めながら、ぽそりと零す。 別に、聞こえなければそれでもいい、と思ってしまった所為か本当に小さな呟きになってしまったけど。 「何? ルック」 だけど、この男はそれさえもちゃんと拾うのだ。 「…………3年何組だかの、おでん食べに行きたい……んだけど、」 「ぇ、」 「一緒に行かない、……かなって」 一緒に楽しみたいって言うんだったら、少しくらいならそれに協力してやっても……いい。 「…………どうしたの?」 瞬き十数回を数えた頃。返らない答えに訝しんで振り返った先には、真っ赤な顔して呆然と立ち尽くすサクラの姿。 らしくはないとは思ったが、そこまで唖然とするような事を言った覚えのないこちらの方が驚いて凝視していると、 「はよーございまーす」 扉の開く音と挨拶が静かな生徒部会室に響き渡った。 「………お、はよう」 「……あれ? 何、俺、邪魔?」 微妙な空気に気付いただろうテッドが、おどけて訊ねてくる。 「邪魔って、な「ーー行くっ!!」」 何、と問おうとした言葉は、上擦った声に遮られた。僕とテッド、ふたりして声の発生源に視線を向ける。 「…………」 あんな分厚いファイル、どうやったら握り締められるの、って疑問はさておき。 「行くよ、行く! おでん、一緒に食べよう!!」 あまりに嬉しそうなサクラに、どうやら彼の都蘭祭は幸先いいようだ、とこちらまで笑みが溢れた。 ...... to be continue
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