―――又、逢いたい。
 そう言っていたから、逢えるんじゃないのって応えてやった。

 互いに、真を宿す身体だ。
 命が尽きるまでは、この意味のない命は続いてゆく。
 だから、再び逢う確立なら、その命の長さに比例されて当然だとの意を込めて、そう言ったに過ぎない。

 なのに―――。

 酷く嬉しそうな笑みが向けられて。酷く不思議に思った事を覚えてる。










− 10. 今 そこにある何か −




 此度の天魁星は幼い少年だ。
 見目も幼ければ、その内もまだ子ども。
 レックナートさまに連れられて引き合わされ、正直うんざりとした。
 天魁の星は一体何を基準に降りるんだろうか。
「……一応、よろしくと言っとくよ」
 あんたが天魁星である限りは協力をすると言い添えれば、星の役割を知らない少年は微妙な顔付きで 「お、お願いします」 と頭を下げてきた。
 彼個人やら同盟軍やらではなく、ましてやこの地を護るなんて愛国心でもなく、星に従うという僕の存在そのものが彼にとっては不思議なんだろう。
 解放戦争時の天魁星は、こちらも初めてで余裕がなかったから冷静に見れなかったけど、やっぱりそうだったのかなと思う。まぁ、あいつは性格も言動も突拍子なかったし、僕にとっては規格外で計り知れないヤツだったけど。色んな意味で。
 つらつらとそんな埒もないことを考え込んでいる間、そうと意識しないままに天魁星と見詰め合っていたらしい。
 周囲の大人――特に前の解放戦争時に見知った熊みたいなのやら青いのやら――が、うんうんと満足そうに頷いていて、ルックは僅かに眉根を寄せた。彼らの思うことが、知れたからだ。同年齢だからというだけで、相手の気持ちも解り易かろうと、何故か口を揃えてのたまう。どういう理屈だと、思う。同じ環境に育った者同士だってそうそう解り得ないそれを、全く異なる環境で生まれ育った者に理解出来よう筈もない。
 特に、自分には―――。
 ルックは微かに口角を上げる。
 人が何を考えているかなんて解る訳ない。する気も、ない。僕は"そう"じゃないんだから。
「で、石板どこに置くの」
 そう―――僕の仕事は、守人だ。



 思い入れし過ぎない。
 常に客観的な視野を持って対する。
 その点において、僕ほど適したものはないと思う。
 ―――そう、思っていた。
 アレが現れるまでは。
 彼の国がハイランドの背後についていることは知っていた。もしかしたら、との予測は容易かった。遠い地にアレの気配を感じとった刹那、身を駆け抜けたのは歓喜か嫌悪か。
「僕が出る」
 衝動的に、声を上げてしまった自分に気付いて。そうして、決して客観的にはなれない自分を知った。
 内心唇を噛みながら、任せてくれて構わないと言い切れば、会していた面々から様々な意を含んだ視線が向けられた。尤も、日頃の言動を知られてればこそ、向けられても仕方ない。
 他とは距離を置き、面倒ごとは嫌う。天魁星の願いであれば、その任をこなしはするけど進んですることはない。
 そんなスタンスはずっと崩さずにいた。
 だけど、アレは僕の獲物だ。
 誰にも渡さない。
「では、そちらはルックに一任します」
「あぁ」
 任せてくれていいよ、言い切った―――結果。
 3年前の解放戦争時と同じように、隊を潰せたのみで、獲物は取り逃がしてしまったのだけれど。
 大見得を切った割には不甲斐ないなんて思ったのは己だけらしく、周囲の連中のこちらを窺う目には、困惑や畏怖が見て取れた。ふんと、鼻を鳴らす。人は、過ぎた力を持つモノを無意識に排除する。
 馴れ合うつもりなど微塵もないから、有難い状況だとさえ思った。

 そして。
 元凶と思われていた敵将を倒しても、此度の戦は終わらなかった。


 足掻いて傷付いて、それでも突き進んでいってボロボロになって。
 望んでなったのではないだろう軍主とやらの任を、それこそ必死になって努めようとする天魁星。
「君は何を望んでそうするの」
 ただただ不思議に思ってそう訊ねれば、きょとんと大きな目を瞬いて、そしてどこか遠くへと視線を馳せて彼は言った。
「……僕は、ただ取り戻したいだけなんだ」
 何を、とは訊ねなかった。
 訊ねても、きっと僕には解らない。
 解りたいとも思わなかったけど―――それでも。
 あまりにも必死な天魁星には、崩れるだけの弱さよりも底知れない強さを感じた。






「………ほんとに」
 天魁星ってやつは 「厄介、だな」 。
 魁足る故に、少なくはない影響力で引きずられる。
 誰にも、そんなこと許しはしたくないのに。
「本当にね」
「…………何が」 したり顔で頷く横合の男を胡乱に見やった。
 何が本当にね、なんだ。
 全て解っているかのような口ぶりが気に入らない。
 現天魁星に請われたからと言いながら、ある日突然目の前に現れた男。解放戦争時の天魁星だったその男は、ふざけたことに「ただいま」なんて正気とは思えない台詞をはいて再び僕の前に現れた。
 この三年間にどういう心境の変化があったのか、穏やかな笑みさえ浮かべるこいつに、ここ最近ペースを乱されっぱなしだ。
 が、 「現天魁星のことでしょ」 さもあらんというように答えられて、僅かに驚いた。
「な…んで」
「あれ、違う?」
 逆に不思議そうに問われて、眉間に皺が寄る。
「ルックが考えてるよりずっと、僕が君を好きだってことだよ」
 さっきの会話で、どうしてそういう返答に行き着くのかが…解らない。
 皺がいっそ深まったのに気づいたのだろう、サクラの表情がふわりと綻ぶ。
「そのくらいルックのこと見てるし、考えてるってこと」
「……」
「さっきのもね。だから解った」
 言い当てられてしまったから、その事については反論できない。だから、さっきのこいつの言い草も、僕にはよく理解できない理論だけど、恐らくその通りなのだろう。
「………あんたも相変わらず」
 厄介ではあるのだけど。
 拒みきれない、というか、受け入れてしまっているというか。甘くなってる自覚がある分、余計やりきれない気がする。
「僕らにはさ、真を宿してる限り永遠に近い時間があるけど。普通の人と同じ刹那の瞬間だって、ちゃんと生きてるんだから、無駄にするのは勿体無いって」
 そう思っただけだよ、と柔らかな笑みを浮かべる。
「随分、前向きになったもんだね」
「うん。ルックとこの世界を歩く先を夢見てるくらいには」
 あぁ、なんていうか。
「………夢見すぎじゃない」
 本当に厄介だ。
 それより何より―――。
「きっと、世界は広いよ」
 そう言って笑うサクラを強く拒絶できない自分が、一番厄介だと思う。
 刹那、
「あっ、やっぱりここだった!」
「ルックー、サクラさん! これからちょっと付き合ってもらえますかー?」
 元気いっぱいののほほんとした声が頭上から、落ちてきて。
「………本当に、厄介な奴らだよ」
 そんな彼らに隣の男は苦笑を、自分はボヤキと溜息を返答とした。



 最後の瞬間。
 此度の天魁星の手に入れた結末は、彼が望んだものだったのだろうか。

 そんなこと、知り得るのは本人だけだ。


 それが、真の望みかどうかだったさえ―――。















 欲しいものなんて、何もない。
 望むなんて、知らない。

 それでも―――。


 本当に? と、問い返す黒曜石の瞳は、その言葉の真意を見透かすように深く澄み。
 頷き返すのに、微かな躊躇いが胸を掠めるけど。
「ま、いいや。先は永いからね」
 笑う男の、その瞳が柔らかい。
 昨日と今日が違うのは当然で、明日は今日の繰り返しじゃない。
 知らない解らない刻を進むのは、恐怖か希望か。
 それでも……限られていると、確信できるこんな日々だからこそ、今くらいはと考えてしまう自分を甘いと思わずにはいられないけど。


 大地に降り立ち、触れる風に目を細める。
 人一人分の間を挟み、同じように立つ男のバンダナが風に煽られて流れる。
 視界の隅を揺れるそれに、気を取られていれば、ぽそりと耳慣れた声音が意識を呼び戻した。
「結局、僕は諦め切れないんだ」
 不安定なこの世界を。
 そこに根付いて生きようと足掻く、人々を。
 ―――その哀しいまでの愚かさ故に、愛しくてならない。
 淡々と呟かれた言葉は、実にこの男らしくて。
 あぁ、本当に。
「……あんたは、それでいいんだよ」
 遠く地平へと馳せる視線はそのままに、ひとつ頷いてみせた。
「………なに、」
 それに至極満足そうな笑みを返されて、知らず眉根が寄ったと思う。それに、男は笑みを浮かべたまま小さく首を傾げた。
「ううん。ただね――」
 嬉しいんだよ、と穏やかに言う。
「ルックに否定されないことが、認めてくれてることが」
 ただ、嬉しい――と。
「お手軽だね」
「それが凄いことだって知ってるからだよ」
 あぁ、そうだ。
 世界に否を突き付けるのは、至極簡単だ。それをしないのは、それでも世界を愛しんでいるからだ。
「愚かなものほど目を離せないっていうからね」 僅かに目を眇めて言えば、男はくしゃりと相好を崩した。


「行こうか、ルック」


 差し出された手を、取ることはない。
 傍に在ることなんて望まない。
 受け入れること、なんてある訳ない。

「ふざけないで」

 ―――だけど。
 隙間ひとり分、くらいの距離を置いてなら……他の誰にも有り得ないけど、あんたという存在を許さないことも、ない。







 欲しいものなんて、何もない。
 望むなんて、知らない。

 それでも―――。
 捨て切れない、そうしたくないものっていうのも、確かにこの胸には育ってる。









 だから、






…… The end



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