幻水1_12






 進軍前のわずかな時間。
 その貴重な時間を、ただ屋上に立ったまま無駄に費やすというのは、小規模とはいえ一個小隊を任されている身としては周囲の反感さえ買い換えないんだろうけど。
 実際問題、戦闘時においてその実力を発揮できればいい訳だから、どうだっていい。
 どれだけ戦略を練ろうが、その策が優れている場合は別だろうけど、互いの技量にそれ程の差がない限り戦いにおいての勝敗は運に寄る所が多いのだから。
 先の事なんて…………誰にも解らない。
 ―――――――本当、に?
「………っ、」
 強い風に髪と法衣の裾を浚われながら、眼下に広がる湖を見下ろす。
 一面の蒼の真中に沈む深緑のその色合いは湖の深さを思わせ、色の溢れた世界はそれだけで生を感じさせる。
「――――ルック」
 背後から声を掛けられる。
 誰かなんて、声を掛けられるまでもなく解っているけど……。
「………こんな所でサボってていい訳?」
 仮にも軍主だろ? ―――目を眇めて、名を呼んだ子供を振り返る。
 つくづく感心するけど……僕の前ではただの子供の顔してるよね。
 切り替えが器用過ぎる。
「明日の日の出と共に進軍なのに、」 こんな所で油売ってていいのか。
「だって、進軍始まったらゆっくりルックと話も出来なくなるだろ」
「……何、それ。それより、従者の傍に居なくていいの」
「グレミオは………パーンやクレオと話してるし」
「大人の話に入れなくて来たの」
 呆れたように溜息を零してやる。
「〜〜〜違うっっ!!!」
 ムキになるとこが、やっぱり子供なんだよ―――素気無くそう言ってやると、膨れて睨み付けてくる。
「〜〜ルックに聞きたい事があったから! グレミオには来るなって言ったんだ」
 これのどこが多くの人に慕われる軍主なんだ…って思うんだけど。
「……答え!」
「はっ?」
 行き成り、何なのさ。その単語は…。
「―――好きだって、昨日そういう意味で言ったんだから!」
「…………………あれ、そうなの?」
 本気で気付かなかった訳じゃないけどね…。
「〜〜〜そうだよ! だから、答えくれよっ」
 睨み付けてくる瞳が、微かに揺れている。
 あぁ、不安なんだろうか…と単純に思う。
 ……こんな事でそんな顔しててどうするのさ。明日、君の元に何人の人間が集い、何人の死人が出ると思ってるの。その重さも不安も、こんな事の非ではないんだよ。

 今の子供には、離れていかない存在がある。
 だから―――。

「…………それは、違うよ」
 これ以上、傷付かなくてすむように……。
「君のそれは、違う」

 ―――言霊をあげる。








...... to be continue


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