幻水2_21






 ―――空間が歪む。
 それは、かつて何度か馴染んだ感覚でもって、右手の甲に小さく触れる。

「………ックナート、さま」
「久しぶりですね、ソウ」

 俺とルックを引き離す運命の管理者の姿が、そこには在った。



「………ルック、を迎えに?」
 でなければ、星の役割を終えた者達の住まうこんな場所になんて、もう用なんてないんだろうけど。
 だけど、そう尋ねてしまう。返ってくる答えなんて、解り過ぎてて聞きたくないのに。
「えぇ。ですが、その前に貴方と話がしたくて」
「俺と……?」
 一体、何だって言うんだろうか。
 ルックの心を乱すなとか、追い掛けるな、とか?
 思い浮かぶのは、そんな希望も何もない言葉ばかりで。レックナートは光を宿さない瞳を閉じたままで、静かに笑みを浮かべた。
「貴方に、お礼を言いたかったのです」
「えっ?」
 お礼……言われるような事、したっけか?
「あの子を救ってくれるのでしょう?」
 あの子―――って。
「ルックの事を?」
 俺がどうやって、ルックを救えるっていうんだ?
 こんなにも……真の想いを告げて貰えない程に、情けないのに。
「貴方は、あの子の標となるでしょう」
「………標」
 標って…何だ。俺がルックに、何を示すっていうんだ? 俺にも、ルックに与えられるものがあるって…そういう事なのか?
「あの子は、自分という存在に怯えと畏怖を感じていました。あの子があの子であるというその事実そのものが、苦しみだったのです」
「…………」
 レックナートが何を言いたいのか、何を言おうとしているのか……解らない。
 ルックが何を怖がってた……って?
「3年前島外に出そうと思ったのも、あの子に世界の広さとそこに生息するモノ達は画一的ではないという事を、人の想いの強さを、あの子自身の目で見て判断して知って欲しかったからです。未来を、希望を見て欲しくて。そうして―――」
 言いかけて、ふっと言葉を切る。そして、微笑みを尚も深くする。
「あの子は貴方を知りました。貴方と、そしてザツ達を見て、自ら雁字搦めになっていた恐怖から抜け出る足掛かりを得たのです」
 レックナートの言う事はいちいち抽象的で、
「…………解んないんだけど」 そうとしか言えない。
 だけど、レックナートは笑みを絶やすことなくゆるりとひとつ頷いた。
「今はまだ、それでいいのです」
 貴方が叶えた願いを、人の想いの強さを……決して忘れないで。
 実際はよく…っていうか、レックナートの言いたい事は全然解らなかったけど。
 それでも、ルックの側に居てもいいんだって事だけは解った。
 だから、今はそれだけで―――いい。

「貴方の為に、道を作りましょう」
 いつでもルックに逢えるように?
「いい……要らない」
「ソウ?」
「だって、そんな楽しちゃあ、ルックは逢ってくれないような気がする」
 ルックに対するこの想い、それ自体を疑われそうな気がする。
「だから、ちゃんと自分で探し出して、そして訪ねてく」
 そう宣言すると、レックナートは苦笑に近い笑みを返してきた。
「本当に、貴方達は似てますね」
 意地っ張りで、自分の道を曲げる事をしないという点で。

「何故貴方だったのか、今なら解る気がします」








...... to be continue


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