幻水2_22






「話していらっしゃい」
 そう言って、レックナートは僅かな時間をくれた。

 ……話す為?
 別れを告げる為の、僅かな時間を。



「……レックナートさまと、何話してたのさ」
 風の吹き荒ぶ屋上の重い扉を開くと、些か憮然とした表情でルックは問い掛けてきた。
「知ってたのか」
 レックナートの来訪を。そして、彼女が俺と話してったって事も。
「気配で解るよ」
 何でもないことみたいに言ってのける。そういえば、この辺の感覚は3年前から鋭かったっけ。
「別に―――」
 レックナートには口止めされなかったけど、彼女の話の内容を言っていいものかどうかは、ちょっと悩む。
 人には入り込んではいけない領域ってやつがあるから。その領域の判断をするのは、難しい。彼女が口止めしなかったから、それが領域外だって事にはならない。
 それに―――。
 実際レックナートから聞いた話の半分も、意味は解ってないんだから、それを自分の言葉に要約して言えっていうのには、かなり無理がある。

「ルックを頼む―――って事くらいかな」
「………馬鹿言ってんじゃないよ」
 心底呆れたという風に呟かれ、ちぇっと口を尖らせた。
 あれって、そういう意味でもあるじゃんか…って、そう解釈するのは変か?
 そして、ふっと……気付く。
「そう言えば、まだ名前呼んでもらってない」
「……………」
 俺の突然の台詞にルックはぐっと言葉に詰まって、そして翡翠の瞳で睨み付けてくる。
 まだ子供呼称ってことは…。 「期待してていい――んだ?」
「…ちがっ!」
「違わないだろー」
 間延びして言ってやる。ルック、こういう試されるようなものの言われ方、嫌いだから。結構、ワザとだ。
 ルックに冷静になられると、俺が感情的になる分、本音が引き出しにくい。
 別れる前に、ルックの心の片鱗だけでも聞いておきたい。
 じゃないと。
 逢えない時間に、負けそうな気がするから。絶対に負けたくないから、想いの欠片だけでも聞かせて欲しい。
「ッ! 言っとくけどね、年下の癖に僕より大きな子供なんて嫌いだからね?!」
 ―――ちょっと待てっっっ!!!
 ルックがそれを言うのか!
「大きくなったら考えてくれるって言ったの、ルックだろ!」
「〜〜〜言ったけど、見てくれだけのことだとでも思ってるの」
 さもあらんという風に腕を組んで挑むように言ってくるから。
「に、逃げる気だな!」
「……何なのさ、その逃げるって」
 呆れたように返される言葉。 「逃げてるじゃないか!」
「逃げないよっ」
 強めの声音に、ちょっと勢いが殺がれた瞬間。
「逃げれる訳……ないじゃないか」
 視線を逸らして、至極不本意そうに呟くその姿と台詞に驚いて動きが一瞬止まる。
「ルック?」
「子供が逃げないのに、僕だけ逃げるなんて、そんな真似しないよ」
 そういえば、ルック凄い……負けず嫌いだったんだっけ。
「…に、笑ってんのさ」
 あんまり腹抱えて笑い転げてたら、ルックにロッドの先で突付かれた。
「い…や、俺さ、ルックのそういうとこ凄っげー好き」
 本気で嫌だったら、逃げるって選択肢だってあったんだ。だけど、ルックの中には相手が誰であろうと、そんな選択肢自体が最初っから存在しない。
 だから、はっきり物事言っては周囲の連中に反感買いまくって。
 勿論、それは人の中で生きていくには問題あり過ぎる難点かもしれないけど……それでも、俺はルックのそんな性格が、3年前からずっと好きだった。
 生き難いだろうなと思うのに、それでも彼はちゃんと彼だけの絶対の領域ってやつをその場に成すのだ。
 他人の不可侵を許さないその場は、至極俺にとっては心地いいもの。石板なんか関係ない、それはルック自身が創るから。








...... to be continue


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