幻水2_4






 ―――よく眠れましたか?

 朝一番に部屋の戸を叩いたザツは、そう訪ねながら満面の笑みを浮かべた。
「うん」
 自分の3年前を思い出して、よく笑えてるなと思う。
 3年前の自分はどうだったか……僅かの逡巡の後、にべもなく否定する。少なくとも、ザツのようには笑えてなかった。ずっと気を張り詰めてて、気分的な余裕なんて全くなかった。
 ―――ルックの傍に居る時以外は。
「朝ご飯、一緒にどうですか?」
 この城のレストラン、評判いいんですよ。
 素直にそう言えるザツが、何となく羨ましいかもしれない……。
 3年前の俺に、こんな風に何かを自慢できるって事あっただろうか。こういう…ザツのような軍主の元だったら、ルックも居心地いいのかも…。
 ―――そう思って、ふっと苦笑が漏れる。
 比べる必要なんて全くないのに。
「いいよ、一緒する」
 ルックは食事したのかな。
 3年前、グレミオを一度失してからは、ずっと食事に付き合ってくれてた。
 その度に、 「仕方ないね」 とか 「子供は面倒だね」 とか言いながらも、それでも誘うとちゃんと同席してくれてた。
「―――ルックとは、親しいんですね」
 並んで歩いていたザツの口から零れた名前に、意識より早く身体がぴくっと反応する。
「あぁ、うん。…そうだな」
 多分、ルックが聞いたら 「どこをどう見れば、そう見えるのさ」 とでも返すんだろうな。
「ルックって…何でも興味なさそうなのに、でも変なとこ優しかったりしません?」
 問われて、ふっと自然に笑みが浮かんだ。
「―――だよな」

 何だ、やっぱり全然変わってないんだ。





 こちらの姿を認めて微かに竦む身体と強張る表情。

 ―――どうして……っ?

「おはよう、ルック」
 声を掛けると、それでも 「………お、はよう」 小さく挨拶が返された。
 やっぱり…ぎこちない態度に、 『何で…』 という疑問だけが増していく。
 ザツから聞いたルックは自分が見知っていた彼そのままだったのに、何で今現在対峙している彼は”らしく”ないんだろうか。
「……ルック?」
「…何で、」
 どうしても解せない彼の態度に、問いを投げようと名を呼ぶのと同時にルックの口から言葉が零れる。
「えっ?」
「………んで、こんなことに居るのさ」
「何で―――って」
 逢いたかったからだ。ずっとずっと……それだけを願っていた。
「ルックに逢いたかったから―――それだけだ」
 ルックには何も隠さない。ルックだけには、在るがままの自分を知って欲しいから、見て欲しいから。
 見上げてくれていた翡翠の瞳が、そっと視線を落とす。
 それだけの態度で、ルックは容易く俺を不安にさせる。
「だって……この地は戦場だ」
 だけど、囁くように吐き出された言葉は優しくて。
「………そんな事、知ってるさ」
 紋章の関わった戦争ならば、ルックはレックナートと共に現れるんじゃないかと、そう思ったんだ。








...... to be continue


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