… 2 … 天都さまの再来だから、と言われるのが酷く苦痛だった。 そう褒め称えられる度に、曖昧な笑みを浮かべて返す。 その度に、僕は。 足許が崩れてゆく錯覚に陥る。 では、僕は何? 僕は、僕は…刹亜ではないのか。 神殿の神官の地位は、この地ではかなり高い。 それは、神を崇拝する信仰の深さから、成り立つ。 月に一度、その神官職にある者が、必ず僕の元へと訪れる。今回の来訪者は、神殿への…即ち、神への帰依へと誘う神官だった。 「だから、その件でしたら先日お断り申し上げた筈です」 直に神への帰依を誘われるのは、神官職に就けという事だ。 「僕は……市井に住むただの子供に過ぎません。僕は、」 天都さまではないのです―――そう言いかけて、咄嗟に口を噤んだ。それが、禁句だという事くらい知っている。 帝都の民は創造神を信仰するが如くに、天都という魔術士を崇め奉り尊敬していた。それが許されるべき事ではないと知りつつも―――恐らく、神と同等ほどには。 繁栄を極めた国に蔓延するのは、永劫への期待ではなくいずれ訪れるであろう衰退への恐怖。 遠い歴人を奉って、人は何を欲するのか。 「神殿に入る気も、皇家に仕えるつもりもないのです」 口さがない者達に言わせれば、神はふたつも要らないのだと…いう事らしい。 「神はいつでも貴方を受け入れるでしょう」 去り際に神官の零した言葉が、僕を戒める。 神殿は、神の至上を謳い。 皇帝は神を敬いながらも、その至上の地への介入を望む。 どちらにとっても、天都の存在は疎まれるものでしかない。 ならば、その天都の再来だと謳われる刹亜への干渉も推して測るべしなのは今更だ。 神官が去したその部屋の内は、酷く静かで。 ゆるゆると両の手で顔を覆う。 僕は僕でしか有り得ない。 天都なんて……知らない。 人より秀でた魔力も、誉めやかされる容姿も要らない。 だから、僕を僕に返して。 僕はいつ、僕に還れる? 「刹亜、大丈夫?」 いきなり覗き込んできた綺麗な黒檀色の瞳に、咄嗟に身を引きかけるも。何とかそれをやり過ごした。 「大丈夫だよ、李玲」 返した答えは、彼女の意に添うものではなかったようで、赤い唇をついと尖らせて小さく睨み付けてきた。 「大丈夫そうに見えないから聞いたの。何も私たちにまで隠す事ないじゃない。そういうとこ、本当刹亜だよね」 李玲は人の感情の機微に敏い。それこそ、幼い頃からの付き合いの彼女に隠し事は出来ないのだ。ましてや、己を否定するに等しい神殿からの誘いは、自分でさえ抑え込めない程の動揺を呼んだのだから。 「………そうだな、ごめん」 苦笑と共に、ゆるりと俯く。 「名前、呼んでくれる?」 「……刹亜?」 窺うように名を呼ばれ、ほっとする。名というのは、最も強力な言霊でさえあるから。 「うん」 「刹亜」 刹亜を刹亜と断言する、その言葉が……僕を僕に還す。 「大丈夫、皆知ってるんだから。刹亜は、刹亜だって。私も灰羅も見誤らないよ、絶対に」 それだけは断言できるから。だから、大丈夫だよ―――そう言われて、温かい腕の中にそっと抱き寄せられる。 甘い香りと柔らかさに、李玲が女の子だった事を今更の如く思い出した。 そうだ。 君達がそう、断言してくれるから。 僕は僕で居られるんだ。 to be continue |