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 幼馴染みの灰羅(ハイラ)と李玲(リレイ)、そしてひとつ年下の……今は傍にいない少年。
 過去も今現在も、刹亜(セツア)は自身に友人と呼べる人間が少ない事を自認していた。
 それは、おかれた環境故か、はたまた性格故か―――全く考えないとはいえなかったが、それでも彼自身は満足していた。
「……何かあったでしょ?」
 誤魔化しは許さないと、詰め寄ってくる李玲の有無を云わせない態度に辟易しはすれども。それでも、嬉しさをも感じてしまうのだ。


「で、結局そいつらは何の用だった訳?」
 李玲からすれば、顔を合わせた時から微妙な顔付きをしていたらしい刹亜は事の次第を言及された。隠す意味もつもりもなかった為、昨日己を訪ねてきたリーリアの賞金稼ぎの件を洗いざらい白状したのだが…彼女の目聡さには、いつもの事ながら感心する。
「いわゆる、顔繋ぎ?」
「なぁに、それ」
「本人達が、そう言ってたんだ」
 今現在の李玲と同じように呆れた顔をしてみせた刹亜に、リーリアの賞金稼ぎ等は 「あっ、馬鹿にすんなよ?」 と朗らかに笑った。
「どこでどんな状況に置かれるかもしれないんだから、人との縁ってーのは大切にしねぇとな。もしかしたら、その縁ひとつで物事が有利に働くかもしんねぇだろ」
「……これが、縁?」
「取り敢えずの初対面は終了な訳だろ? 次に逢えば一応の顔見知り、って認識になる。それも何度か繰り返せば、一応じゃない顔見知り、んーで知人ってなってく―――予定?」
 柚希茂(ユキシゲ)の言は楽天的過ぎて、呆れるばかりだった。
 彼の半歩後ろでふたりのやり取りを口を挟むことなく訊いていた、柚希茂の相棒らしい衣雷(イライ)の精悍な貌が苦虫を潰したかのように歪んでいるのを見、この的は得ているが珍妙過ぎる意見は柚希茂独自のものなのだと中りをつけた。
「……リーリアから?」
 わざわざ?と頭を傾げる李玲は、いつものしっかりした彼女とは違ってあどけなささえ窺える。
「この間の魔獣襲撃の討伐に来たんだけど、間に合わなかったから。折角来たついでだし……ってことらしい」
「…………あれねぇ。あれについても、私いろいろと訊きたいことがあったのよね」
「李玲」
「どうして、ひとりで討伐する羽目になったのかとか。どうして、天都(アマト)さまが討伐したみたくに言われてるのかとか」
「……………」
「訊かないけどね」
 そう言って――恐らく他にどうしようもない所為だろうけど――小さく笑う李玲に、刹亜はいつも救われていると思う。
 入ってきて欲しくない場所。
 どうしても言えない思いというのも、確かにあるから。
「愚痴りたくなったら、いつでも聴くから」
 だから、ひとりで溜め込まないで、と。柔らかな微笑を浮かべる李玲に、彼女が幼馴染みであった事、そして友人になれた事をこれ以上もなく嬉しく感じる。
 李玲と灰羅は、本当の意味で何も持っていない刹亜を、その根底から受け入れてくれる。  それがどんなに幸せなことか……刹亜は知っている。


「そういえば……僕の事を彼らに教えたの、陸瀬(リクセ)だそうだよ」
 今は傍にいない―――もうひとりの幼馴染み。
 柔らかに溶けていた李玲の黒檀色の瞳がまぁるくなる。
「な、んでよ?」
「天都の活躍を湛える民衆を凄い目で睨んでたって。それで、『天都じゃない、刹亜だろ』って陸瀬が呟いてたのを耳にして、気になって訊ねたらしい」
 付き合いの長さでようやくそうと知れる程度の笑みを浮かべ、心持ち嬉しそうに言う刹亜に、李玲はむっと口許を歪めた。
「又、あの子は! 調べれば解ることなんだから、わざわざ自分で告げて悪役になんてならなくてもいいじゃない。そうでなくても、人目に付きやすいのにそんな得体の知れない男達と口をきくなんて」
 と、何処に向けているのか解らない怒りを露わにする。
「あの子、いい加減自分の容姿を自覚するべきだと思わない? そんな無防備さじゃ、攫われたって文句言えないわ」
 希代の占い師・視遠(シエン)をもってして、『傾国』と言わさしめた美貌の幼馴染みを悪し様に罵る。が、その物言いには陸瀬を心配する思いが滲み出ている。
「あぁ、だから注意しといて」
「……」
 複雑そうな表情の李玲へ、刹亜はことんと首を傾げた。
「口実が欲しいかと思って」
 ちょこちょこと自分達の後を追っていた、ひとつ年下の陸瀬。惹き込まれそうな暁色の瞳と、光りを弾いては輝く白銀の髪が子供心にも綺麗だと感じていた。それは刹亜だけではなかったようで、彼が笑えば万人が身動ぎを忘れた。
 逢った時分はみっつだった陸瀬も、今は16になった筈だ。
 年を越せば、傍にいなかった時間が、共にいた時間と並んでしまう。
 恥ずかしい事ながら、陸瀬が己たちの傍からいなくなった理由を知ったのは、離れてから4年も経った後だった。年下の幼馴染みがたったひとりで自分達を護る為に、袂を別つに至ったという真実を。それだけの長い間、陸瀬の人となりに疑惑を持ってしまっていた。
 それを、悔いない訳がない。謝りたくとも、陸瀬がそれを許さないことは解っていた。だから、謝罪はしない。彼を友と信じることで、許してもらう。
 陸瀬の小さな手を、思い出す。
 いつも人々の中心に在りながら、どこか淋しそうに笑う貌が瞼裏に浮かぶ。
 我侭を言いたい放題だったあの子は、恐らく一番言いたいだろう我侭をずっと我慢している。
「会いに行ってやって?」
 刹亜と灰羅には、行けない。
 悪意を持って接する第三者に付け入らせる疵が、自分達には多過ぎる。
 陸瀬がそうしてくれたように、護ってあげたいと思いはすれど。それでも、疵を広げさせまいと離れてまで護ってくれる陸瀬の思いを無にするような愚は犯せない。
 動けない、傍にいて…やれない。
 だから、姉弟のように仲の良かった陸瀬と李玲のふたりを引き離してしまったのは、自分と灰羅だと刹亜は思っていた。
「元気だって、大丈夫だからって、あの子に伝えて」
 これ以上、僕らの為に傷付く事なんてないよ―――って。
「………本当にあんた達は、世話が焼けるんだから」
 泣き笑いのような表情を浮かべ、李玲は愛しげにそう呟いた。





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