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 一体、何がどうしてこうなった?

 それは、きっと陸瀬に関わるもの全員の疑問だ。
 否、陸瀬本人にしても…だろう。
 そして、その疑問を陸瀬本人に面と向かって問えるのは、ただひとりだけだった。



「何、やってんの?」
 項垂れたままの陸瀬に、詰問する李玲の声音は硬質だ。
 気心の知れた幼馴染み以外の前ではすまし気味の表情も、今は見る影もなく怒りに染まっている。が、その瞳の中に酷い焦燥感を感じ、陸瀬はきゅっと唇を引き結んだ。
「陸瀬、」
 いつも彼女にこんな顔をさせている。自分に接触する唯一許された、幼馴染みなのに。
「陸瀬」
「ーッ、き、訊きたいのは、俺の方だよ!」
 だからって、甘えなんてしたくないのに。
「どうしてこんなんなってんの?! 俺、何もしてない! 主税に……あいつひとりに求婚された時は、ちゃんと断った!! 主税もそういう想いがないなら仕方ないって、そう納得してくれた。なのに、その後すぐ今度は皇帝を通して結婚話が持ち込まれて……ッ、それも今度は槇尭様と主税のどっちかを選べってーーーどうして、いつの間にそんな話になってんの? それも、主税は個人的申し込みだから……って言ってくれたけど、今度はそうじゃなかった。そんなの………断れないじゃんか、」
 李玲の前では、いつも失敗する。
「結婚なんてしたくない! 宮廷なんて……俺入ってどうすんの? 愛でられるだけの華になれって? …………そんな、の」
 陸瀬の気性と今まで置かれてきた状況を知り、彼を想えば、到底求められないことだ。主税は兎も角、皇帝陛下も槇尭もそんなこと考えもしないだろう。国の頂点に位置する彼らは、欲しければ欲しいと言うだけでいい。それで全てが手に入る。
「………華」
 そして、陸瀬は欲されるに相応しい姿形をしている。
 が、その状況は陸瀬にとって耐え難い事だろう。
 だけれど、その道を選ぶしかなかった。否、それは既に選ぶなどといえたものではない。それしか、なかったのだ。
「りく、陸…………陸瀬、ごめん」
「……李玲、俺………ほんとは逃げたかった」
「陸瀬っ、」
 さらりと言って、小さく笑みまで浮かべてみせる幼馴染みに、李玲は声を荒げる。
 どうして―――と。
 どうして、笑うのだと。
 そんな李玲の心情を知らず、陸瀬は淡々と言葉を繋げる。
「主税はね……俺の意思を尊重したいから、皇帝を通しての求婚じゃないってそう言ってくれた。だからきっと、槇尭様からの求婚話が皇帝陛下に通された時、俺の為を思って選択の幅を広げてくれたんだと思う」
「ーーーそんな、選択」
「うん。状況的には変わらない。だけど……あいつ、連れて逃げてもいいって…そう言ったから」
 訝しげに寄せられた李玲の眉間の皺に、陸瀬は苦笑を浮かべた。
 どうして、そこまで言ってくれた相手を選ばないのだという李玲の疑問が手に取るように解る。
「だって、俺主税を憎みたくないんだ。皇帝陛下の絶対的権力を、きっと統治する側にいるあいつは知らないから」
 逃げ切れる訳ない。
「そう解ってても、逃げ切れない、逃がしてくれないあいつを俺は憎まないなんて……言えない」
「………馬鹿だよ、陸瀬は」
 そのくらいの甘え、自分に許してもいいじゃない、と。潔過ぎて、逆に愚かだ、と李玲は唇を噛み締める。
「馬鹿……かもしれないけど」
 そうまでしてくれようとした相手憎むなんて自分、知りたくないと陸瀬は静かに笑う。全てを諦めなければならない場所で、自身すらをも貶めたくないだろう、と。
「馬鹿かもじゃなくて、れっきとした馬鹿よ」
「はっきり言い過ぎ」
 あなた以上の馬鹿なんて知らないわ、と悪態を吐きながらも、軽く笑いあう。
 そんなこと、思いたくもないけれど……最後、かもしれないのだ。笑って、見送ってやりたい。そんな李玲の心持ちが伝わったのか、陸瀬も笑みを浮かべていた。
「それに……父さんも兄さんも、捨てられない」
 彼らを救えるのは、その状況に追い詰めている己自身しかなくて。
「それだけが、救いなんだ」
 泣き笑いの顔で、それでも少し誇らしげな陸瀬の表情に。
 李玲は両の手で顔を覆った。



 泣いて欲しかった。
 昔みたいに、甘えて縋って欲しかった。
 そうすれば、抱き締めて慰めるくらいはしてやれたのに。
 それすらも許してくれない幼馴染みに、李玲は小さく嗚咽を漏らした。





to be continue