日常の終わり 【3】 近衛隊一行の前をスタスタと歩みながら、ルックは彼らを誘った。 背後から聞こえてくる愚痴やら、興味深そうに周囲を見回して嘆息する声などやらは、許容の範囲であった為、それらは綺麗に無視することが出来た、のだが…。 「………ちょっと、」 ぼそりと零して、ルックは唐突に立ち止まる。そして、ただひとり、己の真横で同じ様に歩を進めていた男に、怒りを孕んだ翡翠をキッと向けた。 「―――ッ、あんたは、一体何な訳?!」 先ほどからひたすら無言でじっと自分の顔を凝視し続けている男に、ルックはモノの見事にキレた。視線の主は、今までひと言も発していないリーダーらしき年若い男で。歩きながらでさえ逸らされなかった視線は、未だにルックに向けられたままで、その事にも酷く神経を逆撫でされた。 「言いたい事があるなら、はっきり言えば!」 クレイドールを仕掛けたことに対しての恨み言ならさっさと言えばいい―――と、ルックは声を荒げる。 彼は、自分の容姿が人並み以上…どころか、他に類を見ないほどに恵まれているらしいという事は嫌というほど知っている。知りたくなくとも、周囲が教えてくれる。人から無遠慮に向けられる視線には、未だに慣れない…し、正直に言うなら苦手だった。 初対面の相手は、ルックと相対するとまず絶句する。次いで、感嘆の溜息を零すか、嫉妬の目を向けるかに分かれる。どちらにしろ、ルックにとっては鬱陶しい以外の何ものでもない。 だから、常日頃から牽制に意を込めての毒舌は常時発動体制だった。 「何とか言えば?!」 「……トウ」 「はっ?」 「……名前、トウ・マクドール」 「名前聞きたい訳じゃないんだけど…?」 ルックは、いつになく脱力感に苛まれ、名乗った後に握手を求める為に差し出された手を、いっそ綺麗なまでに無視で返したのだった。 変わらずに向けられる視線に眉間の皺を深めつつ、ようやっと魔術師の塔の入口へ到着し、ルックはさっさと皆に向き直る。皆が唖然とした面持ちで高い塔を見上げているのを目にし、僅か溜飲を下げた。 「こちらから、最上階までどうぞ」 そう言ってにこりと笑うと、「えっ」と一斉に青褪める一行を捨て置いたまま、風を纏い転移した。 風に運ばれるその瞬間まで。 黒曜石のような底知れぬ深い瞳が己を射抜くように向けられていた事など、ルックにとってはどうでもいい事だった。 「これ、登れってーのか?」 テッドが階段の一歩手前で、階段数を計るように見上げて呟く。 「最上階って言ってましたね」 同じ様に、グレミオも目の前に続く階段をげんなりした顔付きで眺めている。 「坊ちゃん、俺腹減ってきてて…」 パーンがらしい台詞を吐いた所で、 「こんなとこで愚痴っててもしょうがないだろう?」 紅一点のクレオが呆れたように腰に手をあてた。 「だけどさぁ…」 「坊ちゃんの初仕事、だろ?」 再びぼやきかけるテッドにクレオが諭すように言うが、それにいち早く反応したのはグレミオだった。 「そ、そうですよ! 皆さん、頑張りましょう!」 さ、ぼっちゃん!と促され。 未だに塔の入口付近で、どこかをぼんやりと見ていたトウは 「……あぁ」 と頷くと、階段に足を掛けた。
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