例えば、こんな話 − 事と次第 10 「…フッチ? おい、フッチってばよ」 「……あっ、」 腕を引かれたフッチが漸くの事、戻ってくる。そして、僕とサスケの視線を受けて、決まり悪そうに 「ゴメン…」 と俯く。 「どうかした?」 片割れは兎も角として、真面目に見せるのに関しては人一倍気を使っているフッチが、それを瞬間的にとはいえ解くのは珍しい。 そう思ってつい訊ねれば、フッチは僅かに目を見開いてこちらを凝視してきた。 「……何」 「ううん! 何か…びっくりしただけ」 「……………」 こんな風に、結構いい性格してるんだよね、この下級生は。 僅かに目を細めて口端に笑みを刻むと、フッチは慌てたように 「いや、ゴメン!! そういう意味じゃなくて…」 とワタワタ両手を振る動作を繰り返した。 「…………図書館だよ、静かにしな」 それでなくても、興味混じりの視線は未だに向けられたままなんだから目立つなと言外に言えば、いっそ可愛そうなくらいに固まった。 そのまま放っておいたら、いつまでも動き出しそうにないフッチに 「…で?」 と先を促す。 と、見事なまでに体の強張りが解けてゆくのが見て取れて。 ……そこまで、あからさまにホッとしなくてもいいんじゃないかとは思いながらも、それ以上は終わりのないやり取りになりそうなので、口にする事だけは止めておいた。 そんなルックの思考を知ってか知らずか、フッチはぽそりと口を開いた。 「昨日、ハンフリー先生にあったんだ」 出てきたのは、前の学校で歴史を教えていた寡黙すぎる教師の名だ。その寡黙さを活かして、ハンフリーという教師は生徒指導だった。ふたりきりで指導室に閉じ込められれば、その重苦しい沈黙という重圧をもう二度と味わいたくないとばかりに、生徒はそこへ連れ込まれるほどの悪さはしなくなる―――といった、ある意味反則的な指導法だったけど。 それが? というように、目を眇めて先を促すと、フッチはいっそ声音を落とし。 「前のガッコ……本当は、金銭的に行き詰まってたから買収されたんだ、って」 「……だからこその、吸収合併だろ」 今更何を…とばかりに、溜息を吐いて見せる。 「うん、そうなんだけど。だけど、それって都蘭学園自体の方針って訳じゃないらしいって」 「………何、それ」 学園のでないなら、誰がそんな事をするというのか。 実際、僕らが此処に居るというのは、違え様のない事実だ。 個人レベル、それも学園を巻き込んで―――なんて、一体誰が…というより、有り得ない。 眉根を寄せたルックに、フッチは 「確証なんてないんだけど……」 と、僅か躊躇うように言を繋ぐ。 「買収のお金も、話も、あるひとりの学生から出たものだ、って」 有り得ない―――と、そう思いながらも。 目の前に浮かんだのは、作り物の様な穏やかな笑みを浮かべる男の顔だった。 ...... to be continue
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