例えば、こんな話 − 事と次第 15 迷惑さながらに大声で人の名前を呼ばわりながら後を追ってきたのは、テッドだった。 「なぁ、名前…呼んでやってくれねー?」 「何、それ」 ぼんやり呟かれた台詞に意味が解らないとばかりに呆れて、教室の前の壁に寄り掛かる。そして、降り続く雨を窓越しに眺めた。傘、持って来てて良かった。ぼんやり、そんな事を思う。 僕との間に僅かな距離をおいてから、同じ様にテッドも壁に背を任せて窓の外に視線を向けた。 「あいつの名前。お前、あいつの事生徒部会長って呼ぶだろ?」 それが何、とばかりに横で雨を眺めるテッドを、ちらりと窺う。 「う〜ん、それだけであいつ笑えると思うんだよな」 「………訳解んないよ」 個人の名前を呼ぶ事は少ない、というより滅多にない。この男の名前を呼んだ時だって、確認を兼ねたものでしかなかった。 テッドの言葉に眉間に皺を寄せてやる。帰ってきたリアクションは、肩を竦めるそれだった。 「あいつ、3年半年前に母親代わりの人亡くして。その半年後に、事故で父親亡くしてんだよな」 母親代わりの人の死後、ようやっと笑顔が戻ってきていた折の父親の事故、だとテッドは言う。 「それ以来、何か…笑顔が薄っぺらいっていうの? あんな他人に見せるような笑みしか出来なくなっちまってさ」 「…………」 薄っぺらい、ね。それは確かに頷ける。 「それどころか、ふたりが亡くなったのが雨の日だったから? 雨になると、やたらと情緒不安定になるし、誰にも何にも言わずに屋敷抜け出してびっしょりになって帰ってくること多かった」 ―――雨。 「ある時、びっしょり濡れてるのに、もって出た筈のない緑色の傘と白い仔猫抱えて帰ってきたんだ」 ―――傘、仔猫? 「その時から、あいつずっと何か捜してた」 何かが繋がりそうで、繋がらない。何かを、見落としている? 「何度も聞き出そうとしたんだけど、絶対口割らなくて。それが、去年ようやく 『欲しいものが出来たから、協力してくれ』 ときた。 『何が欲しいんだ』 って訊いたら、 『今はまだ言えない』 なんてぬかすしさ」 それも教えないままに協力してくれっていうのが、又あいつらしいんだけど。そう思わねー? と笑顔で言われ、遠慮なく頷く。あいつだったらそう言うだろう。 「でも、あいつが欲しいモノを欲しいって言うのを聞いたのは初めてでさ。幼稚園からだから、人生の半分以上あいつに付き合ってやってんだぜ? その短くない付き合いの中で、あいつから欲しい物とか、望みとか…ただのいっぺんも訊いたことなかったから」 そう、真摯な瞳で告げられて。何も返せない。 「だから、俺達協力した。買収への裏工作やら学校への根回しやら編入生のアレコレやら? 最終的には、あそこに通ってた生徒が、学力とか学費とかの面でちゃんとやっていけるようにとか」 「………」 信じられない思いに、テッドを凝視してしまう。それを、単なる生徒達がやった…って? そして、更なる疑問が浮かぶ。 そこまでして、あいつは何を欲していたというのか。 今は、そればかりが気になった。 ...... to be continue
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