木漏れ日を映し、煌く淡い茶の髪と透けるような肌と。
 凛と前を見据え立ち尽くす、その姿に。

 ―――こんな綺麗なものが、あるんだ。

 己を射抜く、それでいてどこ揶揄う色を含んだ深い翡翠の瞳を目にしながらも、サクラ・マクドールはただ素直に感嘆した。










− 1. 兆しの 風 −




 帝国軍人として最初に任せられた仕事が、『星見』の結果を取りに魔術師の塔に赴く事。
 ただの使いに思える仕事だけれど、この任でないと体験出来ない事がふたつほどある。
 ひとつは、その使命を帯びてないと絶対に足を踏み入れられない魔術師の塔が建つ島への立入が認められる事。もうひとつは、その地へ赴く手段として、竜という希少性も高い生き物に乗れるという事、だ。
 普通の任では到底体験出来ないそれらと、初仕事という事も相まって、気分だけはやたらと高揚していた。おまけにいうなら、自分が――私兵とはいえ――兵を率いての実戦も初体験だ。供は血は繋がらないけど家族も同然の者達で、変な気負いをしないで要られるだけ気が楽だった。




「見かけに寄らず、案外とやるもんだね」
 挨拶と腕試しを兼ねたんだと、クレイドールをいきなり仕掛けてきた少年は平然と言ってのけた。そのあまりに堂々とした態度に、呆れるよりも感心した。
 それ以前に………あまりに強烈な存在に、視線が囚われたまま外せない。
「この程度で腹立ててるなんて、底が知れるよ」
「お前なー!」
 お遊びに近いだろと言われ、テッドがいきり立った。普段の彼は並大抵の事では驚かないし、もし仮に驚いたとしてもそれを笑い飛ばすくらいだったから、その様子には驚いた。
「テッド?」
 訝しんだままに名を呼べば、テッドは刹那はっとしたようにそのまま口を噤んだ。
「迂闊だよ」
 どこか嘲りを含んだ少年の物言いが、ただテッドにだけ向けられているのを感じる。台詞の意味が解らなくてテッドを窺うと、琥珀の瞳に微かな怒りを含ませて目の前の少年を見ていた。こんな風に、負の感情を露骨に曝け出すのを初めて見た。
 そんなテッドの視線にたじろぐでもなく、それどころか逆に口角を上げて一蹴する少年。儚い風情なのに、その内は豪胆なのだと信じられない思いで見ていた。
 そんな僕に気付いたでもないだろうに、刹那少年の翡翠がこちらを向く。
「こちらへどうぞ」
 テッドのいつにない態度も気にはなったけど。それよりも、追従を促す少年の方に視線が囚われたままに…外せない。
「僕は、サクラ。サクラ・マクドール。君は……」
 華奢な少年の後を追いながらそう問うと、
「……ルックだよ」 面倒だといった態を隠しもせず―――それでも名だけは告げてくれた。




 高く長い階段に辟易しつつ辿り着いた先には、国お抱えの星見が居た。
 星の軌跡を辿り、その声を訊くのだという星見は、浮世離れした風情の盲目の女性だった。見えていない筈のその視線を向けられると、身体が緊張で強張る。
 星見の目には、これから起こるその全てが見えているのではないかと、そう思ってしまう。
 仕事である星見の結果を受け渡された刹那、星見の身体がぴくりと強張った。そして、見えはしないだろうに、それでもひたりと視線を向けられた。
「貴方、お名前は?」
「はい、サクラ・マクドールと申します」
「マクドールと仰ると……テオ将軍のご子息、ですね」
「父をご存知で?」
 世俗などとは一切関係なさそうな星見の口から出た父の名に、正直驚く。と、星見は微かに口許に笑みを刷いた。
「赤月帝国の将軍に名を連ねる方々を知らずに、星見は勤まりませんわ」
 尤もな意見に、自嘲が洩れた。
「わたしは星の流れを見、そこに未来を読み取るのが仕事です。けれど、未来とは定められたものではありません」
 唐突に語られだした厳かさを漂わせる話に、背筋を正す。
「貴方には、厳しい宿命が負わされています。ですが……貴方の運命が常に貴方自身の手中にあるという事を、忘れないで下さい。貴方自身の意思で選び取るのです」
「………」
 恐らく己の内に何かを見たのだろう星見の物言いは、抽象的過ぎて理解し難いものだったけれど、記憶の淵に留め置くことにして頷いた。
 星見の間を辞し、仕事を終えるのを待っていたテッドやグレミオらに終えた事を告げると、一同ホッとしたように相好を和らげた。
「じゃ、帰ろうか」
 ぐるりと見知った顔を見渡せば、あの階段を今度は降るのか…との表情が皆の顔にしっかと見えて苦笑が漏れる。
「ボヤいてたって階段は減らないだろ?」
 そう声を掛けた所で、奥から姿を現した星見がくすりと笑んだのが知れた。
「送らせましょう、ルック」
 周囲には、かの少年の姿は見えない。が、星見は躊躇なくあの少年の名を呼んだ。
「彼は、今ここには…」
 咄嗟にそう言い掛けた自分に、だけれど彼女は小さくその口許に笑みを刷いたまま頷く。
 ―――刹那。
「お呼びですか、レックナート様」
 柔らかな風と、淡く輝く光と共に、件の少年はその印象的な姿を露にした。
 言葉尻は従う者のそれだけど、面倒臭そうな様は隠しもしない。
「こちらの方たちを送ってさしあげなさい。悪戯は駄目ですよ」
 最後にやんわりと釘を刺すのに、彼の悪戯は日常茶飯事的なものなのだと知れる。
「……そんな面倒な事しませんよ」
 そう言って、挨拶を述べる間もなく転移させられた先は、竜騎士の待つ浜辺。あまりに鮮やかに、そして違和感なく達せられた呪法に目を見開くも、賞賛すべき少年はこの場にはいなかった。
「と、テッドは?」
 幼馴染の姿が見えないのに呟いた途端、彼は何もない空間から文字通り降ってきた。
「――――――ってー!」
「テッド?!」
 腰を擦りながら、 「やられた」 と憤慨しているテッドの様に、つい悪いとは思いつつも噴出してしまう。
「笑ってんなよ」
 目いっぱい不機嫌そうに言われても、込み上げてくる笑いを抑えられなかった。
「ッ、今度逢ったら、ただじゃおかねぇ!」
 笑い過ぎて浮く涙を拭いながら、 「うん、又逢えるといいな」 と心底同意しながら頷く。
「………はっ?」
 未だに座り込んだまま目を丸くしたテッドにしみじみと見上げられて。
「何?」 首を傾げながら見返すと、深々と溜息を吐かれた。肩を竦めるというおまけ付き、だ。
「あれは……止めとけ、性悪だし」
「えっ……」
 そのテッドの言葉に、どきりと鼓動が跳ね上がる。頬が赤くなるのも、熱を持つのも、別に意味なんてない……と思いたい。
「ってーか、お前が人に興味持った時点で時既に遅し…って感じだよなぁ」
「……そうなのか?」
 呆れ果てた視線と再度の溜息に、返す言葉もなくて。騎乗を促す竜騎士とグレミオの言葉に、そそくさと従った。
 力強くひとつふたつ羽ばたいた竜が、風を巻き起こしゆるりと浮上する。
 そして、迷う風もなく帝都への路を取った。




 背後を振り返っても、視界を覆うのは青い空と流れてゆく、雲ばかり。
 最早、あの塔は欠片も見えなくて。

 何故だか、あの強い翡翠の瞳の残像だけが……瞼裏に浮かんで、消えた。
















 生まれ育ち、慈しんで慈しまれた人々が住む故郷が、飽和し腐敗してゆくのを、知らなかった訳じゃない。
 だけれど、そんな状況もいつかは好転するのだと……そう思っていた。
 再び、子供の頃に見たままの美しい帝都になるのだと……そう信じていた。
 その為の助力をし新しい帝都の礎のひとつとなる為に、仕官したのだといっても過言ではない。

 それが。
 既に末路に向かっているなどと、誰が知り得ただろう。






…… to be continue



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