運命とは、星の巡り。

 生ある全ての者は、それからは逃れられないのか―――そう訊ねた僕に。
 先示す星の意を汲みその任を果たせば、あなたの答えが得られるでしょう……とだけ、レックナートさまは仰った。










− 2. 今 再び −




 師に連れられてやって来た解放軍の根城は、岩山を刳り貫いたような厳つい砦だった。
 トラン湖の中にある分、風が感じられるのだけが取柄だと思った。
 石板と共に小さな部屋に押し込まれ、日がな一日をその前で過ごす。
 請われた時は、遠征にも付き合ってやった。人手不足の所為で、魔法兵団の団長にまでさせられる。勿論、魔力に関してはそれなりの自信を持ってはいたけれど。人を纏めるのなんて面倒以外の何ものでもない。
 実際、子供だと侮って愚弄されたのなんて数え切れない。勿論、お返しは5割増の毒舌プラス状況によっては術込み、だけど。
「はぁ〜」
 ここに来て零れるのは、溜息ばかりだ。
 軍主が遠征に出る度に、石板にひとつふたつと宿星の名が刻まれてゆく。人で、砦が溢れ返る。それが一番、鬱陶しい。
 正直に言うなら―――早く、お役ごめんになりたい。
 人込みは嫌いだ。
 雑多な思考の蔓延。
 そして向けられるあからさまな好奇心の、目。
 そんなモノに晒されるのなんて、不本意極まりない。
「で、あんたは暇な訳?」






 この地で間もなく大きな星の動きがあるでしょう、と師が言ったのは、先の星見の結果を帝国の使いの一行に渡し、見送った直後。
「あなたも赴く事になります」
 勿論、それに異論などなく頷いた。
 数多の戦乱は、その殆どが星を抱えた真の紋章が絡んでいるのだと聞かされていた。
 そして、ふっと頭に過ったのは、先の帝国の一行。
 迂闊にも真の紋章の共鳴に引き摺られ、感情を抑えきれなかったらしい奴の顔が浮かぶ。恐らく、他の真と字なす紋章との接触をそれ程にこなしてなかった為だろうとは予想出来たが。
 紋章の気配を見事なまでに抑えていた様から、宿して随分になるのだろうに。だからこそ、その迂闊さが気に障った。
「ソウルイーター、ですか」
 血と戦をこよなく欲すると、昔レックナートさまが言っていたのを思い出す。
 闇と光、両の性質を宿す紋章だと。
 人は己の内の光より闇の部分をより刺激されやすい。人が宿すには、かなりの精神力を要求される。気を抜けば、宿主であろうとすぐさま喰われる。それを考えれば、あの宿主は上手くやってた方だろうけど。

「近いうちに継承がなされます」






 それがこいつだった、って訳だ。
 遠慮も何もない言葉を投げつけてやったにも関わらず、目の前で無意味に微笑っている過去に一度だけ逢った記憶の中にある少年を見上げる。
 師は継承が行われるのがこいつにだって事、ご存知だったのだろうか。
 そして、ふっと小首を傾げた。
 前の時は、迂闊過ぎるソウルイーターの前任者に気をとられて気付かなかったけど、こいつは……こんな奴だったろうか、と。育ちの良さを窺わせる立ち振る舞いや、穏やかな物腰はそのままだったけど。
「何でそんなにニヤけた顔して人の事見てるのさ」
「えっ、だって、もう一度逢えると思ってなかったから」
 嬉しいんだよと、天魁星が言うのにルックは訝しそうに目を眇めた。
「何、あんた僕に逢いたかったの」
 言葉の半分は、上げ足取りの意を含んでいたのに。
 天魁星は、満面の笑みのままに「うん」と頷いた。それには最早、呆れるしか出来ずに 「あっ、そ」 とだけ返した。

 背後の石板は、日に日に星を取り込みその明るさを増す。
「これを全て埋めると何かあるの?」
「さてね。僕が知っているのは、星の任を負う者があんたに力を貸す事を承知すれば、名が追記されるって事くらいだよ」
 レックナートさまは、あまり詳しい事は教えて下さらなかった。ただ、全ての名が灯れば祝福がある、とだけ仰っていた。師の言う祝福が何を指し示すのかは、知らないけど。
「それじゃあ、それまでは誰が宿星なんて解らないんだ」
「……名簿代わりくらいに思ってればいいんじゃない?」
 僕の台詞に、サクラ・マクドールは頭を捻る。
「名簿に守人?」
「…………そう思ってれば、って言っただけだろ」
 言葉そのままの意だと言ってない。例え先示す星であろうとも、この石板の意味を正しく知る必要なんて、ないんだから。
「僕が思うに、これは呪縛じゃない?」
 そう言うと、軍主の表情が曇った。
「呪縛?」
「そうさ、名を刻まれたら逃げ出す事も出来ない」
「ルックは……逃げ出したいの?」
 思いも寄らない問いに、心底呆れ果てる。
「はっ、僕は逃げないよ。例え、あんたが逃げても僕は逃げない。逃げてどうなるって言うのさ」
 そもそも、僕には逃げるなんて選択肢はない。この場に立つのも、星の任を負うのも、全て己の意志によるものだ。この人の溢れる砦で生活しなきゃならない状況っていうのは、面倒でしかないけど。
「逃げて得られる安寧なんて、所詮まやかしでしかないだろ」
 例え世界中の全てのものを騙しきれたとしても、たったひとつ騙せないのは自分という存在に他ならない。
 だったら……逃げるという選択には、意味などないではないか。
 僕が欲しいものは、幻ではないのだから。
「あんたは、そんな偽りの安寧が欲しいの」
 だったら止めないよ―――そうは言ったけど。
 こいつが逃げるという選択をしない事だけは、何故か確信のように胸の内にあった。その確信を裏付けるように、軍主はゆるりと首を振って否定する。
「僕も、逃げない。―――逃げたくない」
 言霊を、紡ぐ。
 深い黒曜が逸らされもせずに、ひたりとこちらに向けられて。何?と首を傾げて問えば。
「ルックがそうやっててくれる間は、逃げないよ」
 何を揶揄った台詞だろうそれに、だけれど突っ込む事はしなかった。
 代わりに、 「だったら、最後まで天魁星であるって事だよね」 と挑戦的に返した。






「ソニエールへ」

 少数精鋭でのソニエール監獄潜入。それを告げる天魁星の黒曜石の瞳が、光を弾いて煌く。

 メンバーを名指す軍師の横で、従者にせがまれその同行を許す天魁星の姿を何の感慨もなく見やる。
その視線がふっと、こちらに向けられ。苦笑混じりな笑みが浮かぶのを目にしながらも、何を返す事もなく踵を返した。
















『―――逃げないよ』

 何故、そう躊躇うことなく言い切る事が出来るんだろう。
 前へ進むのに躊躇いを感じてはいないのだろうか。

 それは……いつまで?


 意味のない逡巡に、ゆるりと頭を振った。

 胸のうちが、ざわめく。
 訳の解らない、焦燥感に苛まれる。



 出陣体制を整えながらの砦待機を命じられながらも、いつものように石板前に立ち尽くす。

 そう、いつもと変らない。
 この砦においての僕の仕事が、これなのだから…それ自体には変り様がない。


 そして――――――石板は伝える。
 違え様のない、真実を。

「…………ッ、」

 宿星の名が、ひとつ掻き消えたのを目にし。
 聞こえない筈の、その慟哭が―――胸を貫いた。






…… to be continue



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